ch1.黒髪の兄弟 26




入ってみて分かったが、ルイドの家は薄汚れた外観には似合わず、中は丁寧に掃除が行き届いている清潔な様子だった。それを確認したアリサは安心したように息を吐き、全く目を覚ます様子のないルカを居間の隅に座らせた。ルカの肩から滲み出てくる血を止血しようとしてみるも、どうにもルカの体がゆっくりと傾くため、それを支えながらの止血にアリサは手間取った。

次第に募るアリサの苛立ちが、彼女の低い低い沸点に達してしまうのにかかった時間は、およそ一分。

「おい、しっかり座ってろバカ!」

額に青筋を浮かべたアリサが容赦なく既に意識の無いルカの頬を引っぱたく音が、盛大に室内に響く。

「何やってるんですか!?」

その瞬間を、遅れて帰って来たルイドがタイミングよく居間の扉を開けて目撃し、悲鳴をあげた。

「……あ」

すっかり先程までの苛立ちが落ち着いたアリサがしまった、という顔をして、誤魔化すように、彼女は乾いた笑いを浮かべた。

「何で貴女が、ウチに……」

さっきとはうってかわって、しどろもどろと戸惑うように言う少年の両手には、獲ったばかりと思われる新鮮な肉、バッファローがぶら下がっていた。

「気にしない、気にしない。アタシは<RED LUNA>の幹部で、ルカの師匠でもあるアリサ=トウドウ。もう組織はアンタ達を殺す気なんか無いから警戒しなくてもいいよ」

アリサはそれだけ言うと欠伸をし、あー疲れたなぁ、と呟きながらルカの止血に再び奮闘する。その様子を、狩りから帰ったばかりで興奮気味のルイドは高鳴る心臓を抑え付けながら眺めていた。

「ダメだね、横たえないと上手くいかない」

アリサが観念したように呟いた瞬間、ちょうど良いタイミングで奥から夫人が、敷布団を持ってきていた。

「これ、お使いになってください」

笑顔で夫人にそう言われたアリサは、裏の無い笑顔で頭を下げる。

「ありがとう、助かった」

夫人と協力してルカの体を布団に横たえると、アリサはそのままルカの隣に座り込む。夫人は水を取ってきます、と言いながら、すぐに台所に向かった。
その様子を見ていたルイドが背後で呆けているのが振り返らずとも気配で分かり、アリサは苦笑した。

「少年、ルカの止血手伝ってくれない?」

アリサが苦笑したまま振り返ると、恐る恐るながらも、ルイドはアリサとルカの方へと歩み寄る。

「あ、でも、そのバッファローは先にアンタの母さんに渡してきなよ」

からかうようにアリサに言われ、ハッとしたルイドは恥ずかしそうに台所へと駆けていった。




「母さん。あの人、危ないよ」

台所にやって来るなり、背後にアリサがいないかどうか慎重に確認したルイドは、バグウェル夫人に話しかけた。今にも水を運ぼうとしていた夫人は怯える息子の様子に、小さく微笑みかけた。

「そうね、危ない人ね。でも、ルカ君があんな状態なのに放っておくなんて、出来ないでしょう?」

夫人はそれでも納得がいかないというように難しい顔をしたままの息子に向かって、さらに言葉を続けた。

「それに、彼女や<RED LUNA>という組織は、私達スエ族にとっては悪いモノではなさそうよ。スエ族を守られている女神様が、彼女に微笑んでいらしたもの」

テーブルの上にある、母が女神から譲り受けたパイプを一瞬見たルイドは複雑な気持ちで溜め息を吐いた。

――やがて、私はこの姿を醜いものに変え、見境無く人間達を襲い始めるのです――

あの時の、女神の言葉がルイドの脳内で重く響く。

「……白いバッファローの女神様は、R生物みたいになっちゃうってことなのかな」

ルイドがポツリとこぼした切な気な言葉に、夫人は少し表情を曇らせた。

「……分からないわ。けれど、この件に関しても帝国が黒幕なのよ。
"神の遣い"などと偽って私の可愛いルイドを殺そうとしていたり、挙句に女神様にまで手を出すなんて、絶対に許せないわ」

世界を武力で支配する帝国。
村を見守っていた女神の消失。

これから自分達スエ族は、どうなってゆくのか。バグウェル夫人は帝国に対する強い憎悪と大きな不安に、唇を噛み締めた。




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