ch1.黒髪の兄弟 24




しばらくの硬直状態の後、アリサは顔を上げた。彼女は無言のまま、おもむろに携帯電話を取り出すと、ルカの左肩に剣を刺した状態のままどこかに電話をかけ始めた。何をしているのか気になったが、出血と痛みで意識が朦朧としているルカにとっては、口を開けて話すことさえ億劫だった。

数回のコール音の後、どこかに繋がったアリサの携帯電話から、ルカが良く知っている男の声が聞こえた。兄であるアルフォンソの声だった。

「アリサ! おい、ルカは無事か!? つーかお前、ルカの代わりでそっち行ったとか何とかデニスが言ってたんだけど、それは本当なのか!?」

「マジうっせぇ、黙れよブラコン」

額に青筋を浮かべるアリサとアルフォンソのいつものやりとりを聞いた途端、少しだけルカの緊張は解けた。すると不思議なことに、先程まで強気になっていたはずのルカの気持ちは小さく縮こまってしまい、急に組織に対する罪悪感がルカの心を蝕み始めた。

ルカの肩が不安気に、小さく震える。そんなルカに一瞬だけ視線を向け、アリサは再び口を開いた。

「副リーダー、ルカ=モンテサントには<RED LUNA>への裏切りの意思は全く見えません。しかし、この任務は彼には不可能だと思われます。……指示を」

「ああ、悪かった、俺の配慮不足だ。アリサ、一旦ルカをこちらに戻せ。代わりに、お前がルカの任務を引き継ぐんだ」

アルフォンソの指示をすぐ側で聞いていたルカが、驚きに目を見開いた。

「了解」

「待って、俺は了解してない!」

簡単に返事をして電話を切ろうとしたアリサは、目の前の悲痛なルカの表情を見て何とも言えないような、疲れた表情になる。彼女はルカの力無く垂れていた右手に、無言で携帯電話を手渡した。半ば押し付けるように右手に握らされた携帯電話をルカは見やり、耳に当てて口を開いた。

「副リーダー、ルカです。俺は組織の裏切り者です、そちらに帰る事は出来ません」

電話を受け取るなり、ルカはアルフォンソに向かってそう言い放った。

「それは違う。お前は……、ん? デニスとリック?」

アルフォンソが何か言いかけた瞬間、電話口の向こうで雑音が鳴った。それを不審に思ったルカ、そして側で聞いていたアリサは、きょとんとした表情で静かに耳を澄ませた。


「おーアル、ここにいたか。良い知らせがあるぜぇ。さっきリックが――」

中年の男の声が聞こえた。組織のリーダーであるデニスの声だ。

「さっきじゃないのだよ。デニスの酒に強制的に付き合わされていたから、随分前の知らせなのだよ」

今度は組織の情報管理者である少年、リックの声が聞こえた。
何か重要な新しい情報でも得たのだろうかと、盗み聞きに近い状態でアリサとルカは思案する。

「あー、うっせぇよ眼鏡! ……ん? アル、お前さん誰と電話してんだ? あー分かったぜえ、アリサかルカからだろ、ちょっと代われよ」

「あ、ちょ……オイ! デニス!」

雑音が一瞬酷くなった。そのやり取りが終わったのか、電話の向こうからは先程までのアルフォンソの声でなく、デニスの親父声が聞こえてきた。

「よー、ルカか? ……お前さん生きてんのか?」

「……生きては、います」

ルカが返事すると、デニスのおーおー可哀想に。死にかけの声じゃねぇかよー。とワザとらしく嘆く声が聞こえた。

「可愛いくらい責任感じてるルカ君に朗報だぜぇ? <RED LUNA>の存在を隠すのは今日で終わりになった。ついさっき、天才少年リック君から報告があってな。帝国に俺達の存在が明らかになったらしいわ」

ついさっき、その言葉を強調するデニスに、最早誰も何も言わなかった。それよりもルカが気になるのは、<RED LUNA>という組織の存在が伝説ではないと、明るみに出てしまったということだった。
……いまいち話が飲み込めない。そう判断したルカは何も言わず、先を促した。

「ま、俺からしたら、やっと気付いたのかよーってカンジだけどな。……ああ、そうそう。お前が昨日買ってきた酒が美味くて気に入ってんだよ、俺。さっさと二人とも帰ってきて、ルカ、お前、この酒もう一回買って来いや」

ルカは、意味が分からず口をポカンと開けた。通話を聞いていたアリサもルカと同じような表情だった。帰って来い、とはどういうことか。

「……え?」

間抜けな声で聞き返すルカに、デニスが爆笑する。

「あー……だから、ターゲット殺す必要が無くなったってことだよ。お前の裏切り行為もナイスタイミングっつーか、この瞬間から裏切り行為にならなくなったっつーか?
いやーやっぱりラッキーだねぇお前! ツいてるにも程があんだろうがぁ!? ……ま、とにかくアリサ様からの殴られ損、お疲れ様ってな。分かったら、ちょっとアリサに代われや」

一気に抜け去った緊張感。戸惑い固まるルカの手から、不機嫌そうなアリサが無言で携帯電話を奪い取る。

「……何、じゃあアタシどうしたらいいのさ」

敬語も忘れて、拍子抜けしたのであろうアリサは、デニスに脱力仕切った声で問う。

「おう、今すぐルカと仲良く帰って来いって言ってやりたいところだけどよー、何かそっちにR生物的な反応があるんだよ。
……いや、R生物じゃあない気もするんだが、どうにも変な感じがするというか? もしかしたら神獣の類かもしれねぇから、そっちで2・3日様子見てくれねぇ? 」

アリサが無言でデニスの指示を聞いていると、電話口の向こうでグスッグスッという誰かの泣き声をBGMに、いい加減弟離れするのだよ。という誰かの呆れた声が聞こえた。

アリサが察するに、安心して泣き出したアルフォンソを見て、リックが呆れている所なのだろう。アリサはつまらなさそうに欠伸をした。

「リックが今からソイツの正体を解析する。分かり次第連絡するから、アリサとルカはソイツが害のある生物だった場合に迅速に対処してくれ。
あ、それと、不機嫌なアリサちゃんにも朗報だ。帝国の奴が数人、ソッチの方向に移動してるって情報があったから、もし遭遇したら潰して良し」
それを聞いた瞬間、アリサは愉快そうにニヤリと物騒な笑みを浮かべた。

「了解。
あ……それとさ、すぐ治るだろうけど、ルカはちょっと色々ケガだらけだから療養させてやっていいか?」

アリサがそう言う横では、ルカが肩に刺さった剣を抜いて自らの傷の止血を始めようとしていた。普通気絶してもおかしくないくらいの痛みと出血量だというのに、慣れたものだ。そう呆れながらも、アリサは感心してルカの行動を見ていた。

アリサからルカの状態を聞いた瞬間、電話の向こうで誰かが激しく泣き叫ぶ声と、激しい物音が聞こえ始めた。明らかにアルフォンソが暴れているのだろうとアリサは頭を抑えた。落ち着くのだよ、俺のコンピューターが! と半泣きで叫ぶリックの声も聞こえたが、あえてデニスもアリサもBGMを気にしないようにして会話を続けた。

「おう、ルカは休ませてやれや。今回はご苦労だったな、アリサ。ルカに、これからも期待してるぜって伝えといてくれや」

横でリーダーの言葉を聞いていただろうルカが聞こえない振りをしながらも、顔を赤くして泣きそうなのか照れているのか分からない表情をしていて、それを見たアリサは綺麗に微笑んだ。

「了解です。……また、何かあったら連絡します」

そうアリサが通話を切って、携帯電話をポケットに突っ込んだ瞬間だった。

村の入り口の方向から、人間の悲鳴が聞こえてきた。

「今の声……ルイド、か?」

そうルカが呟くと、アリサは舌打ちした。
二人は顔を見合わせると、悲鳴が聞こえた方向へと一気に駆け出した。






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