ch1.黒髪の兄弟 23




シリルと少し前に別れたアリサは、案内されたルイドという少年の家の門を叩く。
アリサにはよく分からない事情があるようで、シリルはどうしても付いて行くことは出来ないと申し訳なさそうに述べた。そして、その場から去っていったのだった。
正直な話、これから人を殺そうとしているアリサにはありがたい話だったので、彼女も深く理由を問い詰めたりはしなかった。

アリサの呼びかけに、戸の向こう側からドタバタと激しい足音が返ってきた。
そして音は次第に近くなり、そこから元気よく飛び出すように出てきたのは黒髪の幼い少年だった。

「ルカさん!?」

飛び出してきた瞬間、少年はそう嬉しそうに叫んだ。しかし、そこに居るのがルカでないと知るやいなや、恥ずかしそうにやや俯いて言葉を詰まらせた。

そんなルイドに、アリサは優しく微笑みかける。

「ルイド君ですね?ルカから君に、伝言があります」

「……ルカさんからの伝言、ですか?」

ルイドは突然やって来た見知らぬ来訪者に、首を傾げながら尋ねた。
そんな少年の様子に、アリサはため息を吐きそうになった。アリサの予測する限りでは、この純粋そうにしか見えない少年がルカの殺すべき相手なのだろう。たしかに、こんな少年を殺すなんてルカには到底無理というものだ。そうアリサは一人で納得する。

「私はルカという少年の仲間です」

アリサが笑顔でそう言うと、ルイドは一気に顔を輝かせた。

「仲間の人なんですか?じゃあ、貴女も……」

「どなたです!」

ルイドが口を開き、何かを言いかけた瞬間だった。少年の背後から優しそうな女性の、けれど威圧するような声が聞こえた。
チッとアリサは内心で舌打ちする。何とかしてターゲットと思わしき少年から、組織の名前である<RED LUNA>という単語を聞き出そうとしたのだが、どうにも上手くいかなかったらしい。
少年の背後から、少年とよく似た顔立ちの美しい女性が現れた。ルイドの母親だろう、アリサはその一瞬で少年達の関係を悟った。

「夜分遅くに申し訳ありません。ルカから、伝言を預かってまいりました」

「ルカ君から伝言ですって?冗談はお良しになってください。あなたの着ているそれは、ルカ君に貸した物です。暗くてよく分からないと思ったのでしょうが、私は鼻が良いのです。……その服から、血の臭いがしていますわ。あなたの顔についている黒い汚れは、人の血ではないのですか? ……あなた、ルカ君に何をしたのです?」

アリサは肩をすくめる。ダメだ、コイツはどうやっても誤魔化せないな。ため息をつくと、アリサは面倒そうに髪をガシガシと掻いた後、羽織っていたローブを脱ぎ捨てた。そのローブの下からは、ルカの返り血が付着して所々黒ずんだ服と、腰に差してある一本の剣が現れる。

突然目の前に現れた凶器の存在に息を呑む親子に対し、構わずアリサは殺気の込められた目でバグウェル夫人を睨み上げた。

「アタシはアリサ=トウドウ。さっきも言った通り、ルカの仲間だ。……アンタたちは、ルカ=モンテサントの所属を知っているな?」

ルイドがアリサの殺気に耐え切れず、小さく悲鳴を漏らす。アリサはそんなルイドには見向きもせずに、恐怖心を抑えるかのように歯を食いしばるバグウェル夫人に一歩詰めよった。
そして次の瞬間、アリサは目にも留まらぬ速さで剣を抜き、夫人の喉もとに剣の切っ先を突きつけた。夫人の体が、硬く強張るのが分かった。それを見たルイドが、堪えられなくなったように小さく嗚咽を漏らし、腰を抜かすのがアリサの視界の端に映る。


「何でも良い、知っていることを答えな」

アリサが詰め寄るように問うと、夫人は唇を噛み締めた。

「……何も、知りませんわ」

バグウェル夫人は震える瞼を硬く閉ざし、搾り出すようにそう言った。
この一瞬、夫人が思い出したのは<RED LUNA>という言葉を聞いた時の、何かに激しく怯えていたルカの態度だった。
ルイドの恩人であり、自分たち親子の恩人である彼を裏切る事など、夫人には出来なかった。僅かに喉もとに刺っている刃の痛みは恐怖を煽ることよりも、かえって夫人の決心をかたくなにさせてしまった。

しばらくの静寂の後、これは埒が明かないと察したアリサは、舌打ちをして今度はルイドに目を向けた。

「おい、ルカが何か知ってるんだったら早く言えよな。……てめぇの母さん、死んじまうよ?」

その言葉に夫人が何か言いた気にアリサを睨みつけるも、アリサは全く動じない。アリサに睨まれたルイドは恐怖に取り付かれた様に、その震える唇を開いた。

「ルカさん……は、<RED LUNA>……?」

その答えを聞いて、アリサが満足気に、不気味に笑った。

「<RED LUNA>の存在を知る者は、抹消するのが決まりなのさ。アンタたち親子は、<RED LUNA>の存在を知った。……悪いね、死んでもらうよ」

夫人が、死を覚悟して固く目を閉じる。
ルイドが、訳の分からないことを泣き叫ぶ。
夫人の喉を情け容赦なく、一気に貫こうとしたアリサの白刃が動きを止める。

誰もが予想外の出来事に、一瞬硬直した。

アリサの背後に、ルカが居た。血が流れる左肩をぶら下げ、右手でアリサの白刃を掴んでいるその手は、先程自身の左肩に刺さるアリサの刃を抜こうと掴んだ、それと同じ手。裂かれたルカの右手の肉は、もはや痛覚を感じなくなっていた。

「ルカさん!」

恐怖で青ざめたルイドが驚いて声を上げると、そこでようやく、いつまでもやって来ない衝撃に異変に気付いた夫人が目を開けて、白刃を掴む血だらけのルカをその目に映した。

「ルカ君、何やってるの!?」

夫人の驚きの声にも全く反応を示さず、ルカは無言のアリサに目を向けていた。
しばらくの間は誰もが動かず、静かな時間が流れたように感じた。実際は五秒も無かったはずなのだが、そんな緊張感が場を包んでいた。

「……気配の消し方、上手くなったじゃん」

その空気を破り、突然、アリサは感心したようにルカに気の抜けるような優しい言葉を向けた。
そして、そのまま背後に居る息の荒いルカの腹部を、思い切り後ろ足で蹴り上げた。ルカの体の骨がギシリと嫌な音を立てて、ルカは小さく呻いてその場に崩れ落ちた。
夫人の喉もとから切っ先を下ろしたアリサはルカに歩み寄り、呻くルカの体を再び蹴り上げる。
が、追い討ちを掛けられたルカは朦朧とする意識と闘い、アリサの足を強く掴むと、懇親の力を込めてアリサをあらぬ方向に勢い良く投げ飛ばした。
完全に油断していたであろうアリサは、驚くほどたやすく投げ飛ばされる。しかし、投げ飛ばされた先で上手く受身を取ったアリサは、無駄の無い動きで何事も無かったかのように立ち上がった。
その間に勢いよく起き上がったルカは、不気味に微笑を浮かべているアリサを見つめたままルイド親子に向かって口を開く。


「巻き込んですみません。早く逃げてください!」

「でもルカ君、あなた酷い怪我よ!」

夫人が悲痛な声をあげ、置いていけないと言うと、ルイドが半泣きながらも母の意見に同意する。

「いいから、大丈夫だから!」

ルカが再び強く言うと、夫人はしばらく無言で居た後に、ようやく頷いた。
夫人は泣き叫ぶルイドを連れて、逃げるように駆け出した。アリサがそれを追おうとするも、ルカがアリサの前に立ちはだかる。

「どけ」

短く命令されるも、ルカは無言を貫き、一歩も退かない。

「あの親子に罪は無い、です。……それに、どうしてアリサさんが、俺の任務を引き継いでるんですか」

幾度と無く自身に言い聞かせた言葉を、ルカはとうとう口から発した。それを聞いたアリサは質問に答えるわけでもなく、ただ深い溜め息をついた。

一瞬の空気の緩み、アリサが地を蹴った。構える間もなくルカの左肩に鋭い痛みが走った。







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