ch1.黒髪の兄弟 21





頬に走る強い衝撃。殴られたと意識した瞬間には、ルカの体は軽々と吹き飛び、近くの木に思い切り背を打ちつけていた。

「……痛っ!」

あまりにも突然で強すぎる衝撃に、木に寄りかかったままルカが呻いた。が、すぐさまハッとして、飛び退くように脇に離れる。
殴られてジンジンと痛む左頬に、鋭利な刃物が掠めた。剣だ。アリサが投げたであろう剣が、さっきルカが強く背を打ちつけた木に突き刺さっていた。とっさの判断があと少しでも遅れていたなら、間違いなくルカは死んでいた。

殴り飛ばした後に、止めを刺すかの如く投げられた殺傷能力抜群の剣。まさしく容赦のない二撃。

予想以上に厳しいお仕置だと冷静に考えながら、ルカは流れる冷や汗を拭って立ち上がる。横にはアリサの剣が突き刺さった立派な木。立ち上がったルカの体は、横にある木と同じように直立不動で、硬直していた。

アリサから、組織から、ルイド達を守る。
裏切り者となって自分が殺されたとしても、絶対に守らなければならない。バグウェル親子は全く悪くないのだから。
そう決めていたはずなのに、いざ強力な相手を前にすると、その決心がかえってルカの恐怖心を増幅させていた。

異常に怯え緊張するルカの様子を見て、アリサは愉快そうに微笑んだ後、すぐさまその表情を引っ込めた。恐ろしいほどの、無表情だった。

「聞いたよ、ルカ。アンタ<RED LUNA>のこと、バラしちゃったんだって?」

「……はい」

今目の前に居るアリサが、何の用で来ているのか分からない以上、任務時の口調で話しをした方が良いとルカは判断した。

「で、アルの手紙には任務終わっただろうって書いてあったけど、もう終わってるの?」

相変わらずの無表情で問うアリサ。ルカの心臓が跳ねた。
そうだ、もうルイド親子は殺したって言えば良いんじゃないか。そうすれば、弱い俺にも彼らを守れる。そう考えた瞬間には、ルカの口は開いていた。

「はい、任務は完了しました」

一瞬視線を落とした後、いつものポーカーフェイスを作ってアリサに報告する。

訪れる静寂。
アリサの様子を見ると、彼女は俯いていて、その表情は伺えなかった。

「く……っ!」

ふつふつと、アリサが急に腹を丸めて、低く笑い始める。
嘘だとバレたか。冷や汗が伝いそうになるのを意識の外に追いやり、ルカはポーカーフェイスを続ける。

「はは、本当にアンタって子は嘘が下手だねえ?」

顔を上げ、とても楽しそうに破顔しながらアリサがルカに近付いてくる。相変わらず動かないルカの体。
アリサは木に深く刺さっていた剣を軽々と引き抜き、息つく間もなく、ルカの顔の前に切っ先を向けた。

「全く、アンタは面白い事を言う。アンタに人殺しなんか、出来るわけないだろ?」

全てを見透かしたその一言に、ルカは胸が詰まる思いがした。心の底からアリサには敵わないのだと、改めて悟ったからだ。
だからといって、ここで折れたらルイド達を守れない。だからこそ、どうしても退けなかった。


「いえ、殺しました」

きっぱりと言い切った瞬間、ズブリと左肩に異物が突き刺さる感触がルカの全身に響いた。ルカが突き刺さった異物の正体である刃の切っ先、アリサの握る剣の痛みを理解するまでに、1秒とかからなかった。

「う……っ!」

痛い! ルカは思わず両目をキツく閉ざした。
痛みをどうにかしようと、自身が傷つく事も省みずに無傷の右手で深々と突き刺さる刃を握り、どうにか抜こうと力を込めてみるも刃は抜けない。アリサは相変わらずの無表情で剣を握る手を放そうとしない。八方塞がりの、痛みだった。

「ルカ。アンタが<RED LUNA>を裏切るっていうのは、アンタのバカ兄貴には分からなくても、アタシには分かってたさ。……だからこそ、アタシが来てやったんだ」

痛みでどうにかなりそうなルカの頭でも、アリサの言葉だけは不思議なほどクリアーに聞こえていた。

「――っ分かってる、なら……っ聞くなっ!」

痛みで頭がおかしくなりそうだった。容赦のない仕打ちに、ルカの目の端に涙が浮かぶ。

ふと、ルカの頭によぎる考え。

――だからこそアタシが来てやった――


それが意味することは、組織を裏切ろうとしている俺を止めるために、アリサは来てくれた。そういう事だろうか?

「アリサ……っ!」

真意を尋ねるべく口を開くルカ。

「反省しな、バカ弟子が」

しかし、突き放すように言ったアリサが、ぐり、と突き刺した剣でさらにルカの肩をえぐったため、ルカがその先を口にすることは出来なかった。
蚊の鳴く様な細い悲鳴を最後に、ルカの思考は真っ暗になる。






「……アルのクソ野郎」

剣を引き抜き、気を失う弟子の傷を手当てしながらアリサは呟く。

完璧にターゲットに対して情が移ってしまっている。このルカの様子では、任務完遂は到底、不可能だろう。

アルフォンソは分かっていない。ルカのことを何一つ分かっちゃいない。
ルカは、組織の誰とも違って普通の環境で育ってきた人間なのに、人殺しの任務なんて出来るはずがない。そう思いながらアリサは唇を噛み締める。

「もう少しで、アンタにルカが殺されるところだったじゃないか……」

たとえ組織の裏切り者となっても、ルカがターゲットを守ろうとする可能性は容易く予想できた。

「制裁は……これで十分だろ」

痛々しく傷ついた左肩を見つめ、アリサは呟いた。ルカが羽織っていた見慣れぬ浅葱色のローブを奪い、暗殺者としての自身の姿を隠す。

「アタシが……代わりに殺してやる」

目覚めぬ様子のルカを一瞥し、ルカをそのままにしてアリサは村へと歩を進めた。

名も知らぬターゲット。
ルカの協力は得られぬものと考え、アリサは血塗られた剣を携えて村に侵入した。












静かな森で眠るルカの懐から、ピピピ、という電子音で携帯が鳴る。

―おーい、ルカ?寝てるのか?
お前いつ帰って来るんだ?アルはさっき帰ってきたって聞いたけど、一緒じゃないのかよ?
まあ、元気ならいいんだけどさ・・・。
明後日には俺も任務で出るんだから、それまでには帰って来いよな!―

眠るルカのポケットから聞こえた、友人の声に、ピクリとルカの目蓋が微かに動く。

「ライノ……」

ルカは組織に居る友人の名前をうわ言のように呟いた。
友人と笑いあう、楽しい夢を見た気がした。





前へ / 次へ


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -