ch1.黒髪の兄弟 19





夕食後、食後の手伝いもせずにコソコソと兄から届いた手紙を持って、ルカはルイドの家を出た。夜の闇に紛れて、かつルイドに借りていた浅葱色の民族衣装を身に纏っていれば、誰もルカを旅人だとは意識するはずもなく、誰から声を掛けられることも無かった。ただ、1人の村人を除いては。

背後に感じた、どこか覚えのある気配にルカは振り向いた。そこに居たのは、初めて出会ったルイド以外のスエ族の青年。背中に下げているものは立派な弓。

「君は……ルイドを助けてくれた少年か」

優しく微笑む青年、シリル。ルイドの幼馴染だとか言っていた青年だろう。

「少年……」

俺、21歳なんだけど。内心突っ込みながらも、重く沈んだ気分の真っ只中であったルカは言い返す気にもならず、肩をすくめるにとどめた。
俺がルイドを助けたって? 俺はルイドを助けるどころか、これから殺すんだ。

何も言えずに固まるルカの心情には気付かず、シリルはどこか嬉しそうな口調で続ける。

「俺、本当に君達があの日、この辺を旅していてくれて良かったってずっと感謝してるんだ。お蔭でスエ族の皆の命が救われた。君達はこの村の恩人で、ルイドの恩人だよ。ありがとう」

突如として、何かが鋭く突き刺さるような胸の痛みが、ルカを襲った。

「……違う」

限界だった、精神的に。ルカの口から小さく漏れた言葉は、無意識なものだった。

組織のために殺す。ルイド達を殺す事には、自分にとって何の意味も無い。組織のために、任務を達成するためにヒトを殺すというだけなんだ。ああ、元はと言えば俺のせいだ。でも、原因なんてのはともかく、これは任務なんだ。

決心してきた筈の、ルカの心は大きく揺れていた。恩人? ありがとう? やめてくれ、俺はそんなんじゃないのに。

「おい……どうした?」

うつむいて微動だにしないルカにようやく気付いて、心配したようにシリルが声を掛けた。戸惑うシリルを無視し、ルカは村の外へと一気に駆け出した。背後から、シリルの叫びが聞こえた。





ルカの脳裏には、今から30分ほど前の食事風景が蘇る。
丸い木のテーブルを囲み、ルカとルイド、バグウェル夫人は木のイスに座って夕食をとった。飢饉の村とは到底思えないほど、テーブルに大量に乗った皿の数。

「ルカ君が、こんなにスゴイ猟師でいろんな料理ができたなんて驚いたわ。昼食も夕食も、ルカ君のお陰でこんなに豪華で」

感心したようにバグウェル夫人は言った。

その食卓に並ぶのは、ルカが昼間ルイドと共に行った山での狩猟の成果と、様々な木の実、山菜の数々が調理された姿だった。
バグウェル親子はすっかりルカを信頼していたのか、今まで食べた事も無い肉や木の実を前にしても文句すら言わず、むしろ感心したように食べてくれた。
弱っているであろうルイド達に耐えかねたとはいえ、ルカは殺すべき対象に、こんなことをしている自分に嫌気が差しながらも、心のどこかでは不思議な安心感を感じていた。

「ホントホント! ルカさんってすごかったんだよ! 食べた事もない木の実でも食べ方とか知ってるし、森に居る動物だって、すぐ狩れるし! 僕にも狩りとか、食べられる山菜とか教えてくれたし!」

喜ぶルイドに、ルカの表情が思わず緩んだ。弟がいるっていうのも悪くない。ルカは素直に嬉しかった。

「今度は、魚釣りを教えようか?」

ルカがそう言えば、さらに顔を輝かせるルイドは釣りというものを知らないらしかった。適当に魚釣りを説明してやると、ルイドは微笑みながら言った。

「ルカさんみたいな兄さんが居れば毎日楽しいんだろうなー。ね、ずっとここに居てよ、ルカさん!」

「それはいい考えね。ルカ君さえ良ければ、ずっとこの村で過ごす気は無い?」

二度と手に入らないと諦めていた、平穏な居場所。唐突に差し伸べられた手。掴むのは簡単なのだろうけれど、きっとそれは、すぐに力を失って滑り落ちる手だった。

泣きたいような胸を刺す辛さをぐっと堪え、ルカは曖昧に笑った。








走って走って、村を出てからもルカは走った。
村を出てしばらくした場所、森の小道の辺りでルカはズルズルと腰を落とした。組織、裏切り、ルイド親子の殺害任務。何が正しくて誰が正しいのか。
強く握り締めた手紙は最早グシャグシャで、その差出人の名前を見ながらルカは唇をかんだ。

アル兄を裏切ることになるかもしれない。<RED LUNA>を裏切ることになっても構わない。けれど、どうにかして、バグウェル親子を殺したくない。死なせたくなかった。
ルカは自分の正直な気持ちを落ち着いて整理し、兄からの手紙の封を開けた。
何が書いてあるのか、全く予想もつかない手紙を開放する。





――ルカへ
お前がコレを読む頃には、もう遅かったかもしれない――

お世辞にも達筆とはいえない兄からの手紙。
その字は、いつにも増して動きの大胆なミミズがのたくったような字であった。
その字から、ルカはアルフォンソの焦りを感じた。





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