ch1.黒髪の兄弟 18





平和なままに時は流れ、夕方になった。村は赤い景色に染まり、昼間にルカの姿をこっそりと覗きに来ていた多くの村の者たちの気配も、すでに消え去っていた。
しかし、覗きに来た者は多かったのだが、実際にルカが話した村人は誰も居なかった。その理由はなんとなく察しがつくもので、ルカは1日中1人になる事がほとんど無く、ルイドと共に過ごしていたからだ。つまり、ルイドに近付こうとする者が居ないのだ。
……あの、ルイドと親しげだったシリルさえも姿を見せなかった。

この村に来て、雰囲気からでしか言えないことだが、ルカは村人が思ったほど刺々しい性格をしていない事に驚いた。生贄として村の少年を容赦なく捧げるくらいだから、余所者の自分に対しては追い出すような勢いで掛かってくるのではないのかと心配していたのだが、実際は逆に恩人として歓迎されている様子だった。

危機は去り、残ったのは村全体のバグウェル親子に対する巨大な罪悪感。その大きさが、これからルイド達を孤立させていくことになるのかもしれない。そう思いながら、ルカは頭を横に振る。これから殺す人間に、同情してどうするんだ。

朝と同じように水を汲み終わり、ルカは軽々と両手のバケツを持ち上げて運び始めた。それに気付いたルイドが母親から離れ、ルカの元へと走り寄ってきた。

「朝から色々と手伝わせちゃって、すみません」

苦笑しながらルイドがルカの左手にあったバケツを奪おうと、たくましい手を掛ける。

昨日は気付かなかったのだが、ルイドが案外たくましい体格をしていたことに気付いて、ルカは少し驚いた。とはいっても、身長はルカの方が若干大きいのだが……。しかしよく考えれば、R生物に向かって勇敢に、何度も斧を振り下ろしていた姿を思い出せばその体格の良さも頷けるというものだった。

「お邪魔させてもらっているのに、これくらい何でもない」

そう笑いながら言って、ルカはルイドの手伝いを断るが、少年はバケツを持つ手を放そうとしなかった。

「とんでもないです! ルカさんは僕の命の恩人なんですから。3日間くらいの寝床なら、お安い御用ですよ!」

そう言ってルイドは強引にバケツを奪うと、ルカが止める間もなく小走りに駆け出した。その後ろ姿を見ながら、ルカは肩を落とした。


ルイドは悪くない、でも殺さなければいけない。組織のために。俺が組織の裏切り者にならないために。

いや、正しくは裏切り行為を行った俺の罪を滅ぼすために……俺がルイドを殺す。

俺の罪に対する生贄として、ルイドを殺す。俺がやっている事は、ルイドを生贄にした村人たちと、何ら変わりないのか? いや、違う。俺は自分のためにルイドを殺すんじゃない。組織のためにルイドを殺さなければいけないんだ。
今朝から何度も繰り返す自問自答。結局、都合の良い結論しかでてこずに、悲鳴をあげ続ける良心にルカの気持ちは沈む一方だった。

ルカの3日間の寝床。
それはアルフォンソが、バグウェル夫人に残した置手紙で要求したものだった。
急用で3日ほど居なくなるので、申し訳ないが、ルカをお願いしたい。そういう内容だったらしい。

もちろん快く了承してくれたバグウェル親子は、その3日間のうちに自分達が命を狙われ続けるなんて思ってもいないだろう。
時間が経てば経つほど、この親子に情が移ってしまう、早く殺さないといけない。頭では分かっていても、実行できない。昨日の夜に任務を言い渡されたため、実質は今日でもう2日目。今日か明日に殺さなければ……俺もバグウェル親子も、どうなるか。

考えたくも無い、皆殺しの結末。俺には、組織に対抗できる力も、ましてや組織から自分の身を守る力もないのは分かりきっている。

「ルカ君、手紙来てるわよー!」

バグウェル夫人が叫ぶ声が聞こえ、ルカは首をかしげた。手紙? 組織の誰かからか?
一瞬思い浮かんだのは組織で仲の良い者達の顔だったが、すぐに思い直す。

いや、アル兄が<RED LUNA>に今回の件を報告したに決まっているのだから、明らかに今回の失敗に関する上司からの手紙だろう。

手紙を持ってきた<RED LUNA>の伝書用の鳥が、役目を終えて組織のベースキャンプへと帰っていくのを見たとき、ルカは手紙が組織の誰かからのものであると確信した。

……アリサからだったら、リーダーからだったら? 最悪な考えしか思いつかなかった。
機をうかがって、早くこの親子を殺そう。そう思いながらルカは夫人に適当な返事をして、水を運ぶ作業を再開した。



そして、夫人から受け取った手紙の差出人を見てルカは目を丸くした。
そこに書かれていたのは、突如として居なくなった兄の名前。

"Flom  Alfonso"





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