ch1.黒髪の兄弟 16





外から入ってくる光は和やかな白色で、日の出前の涼しい風が開いた窓から吹き込んできた。ぼんやりと覚醒する意識の中でその風を感じ、ルカは目を覚ました。ふと隣を見ると、アルフォンソの寝ていた布団がもぬけの殻になっている事に気が付く。どこに行ったのだろうか。そう思った矢先、ルカの頭に軽い痛みが走った。

「うー……痛い」

身に覚えの無い頭痛に、ルカは唸りながら上体を起こした。そこでふと気付く。
あれ、昨日いつの間に寝たっけ?そう考えながら、ルカは固まっている首をコキコキと鳴らした。そして、はたと昨夜の出来事を思い出す。

「<RED LUNA>の存在を知る者達を抹殺せよ。さもなくば、お前もろとも皆殺しだ」

冷たく響いた兄の声。私情など一切含まれない上司の声。そうだ、ルイドたち親子を殺せと命令されたんだった。命令された瞬間、頭が真っ白になって、息苦しくなったのは覚えている。たぶん過呼吸を起こして――

一瞬、ルカは眉間にしわを寄せてその先を考えたが、思い出せなかった。

――そのまま寝たのか?そう考えたところで、ルカは大きく首を傾げた。どこか、おかしい気がする。何だか、まぬけすぎやしないか。
そう思いながらルカは肩を落とした。そう、まぬけだ。こんなまぬけに、あの優しい親子が殺されないといけないのか。そう思うルカの表情は、とてつもなく暗かった。
全く乗り気でないが、実行するしかない。

「……3日以内に、殺らなきゃならないのか」

決心したように、しかし情けない声でルカはつぶやいた。


そんなルカの様子を、アルフォンソが部屋をすぐ出たところの廊下で聞いていた。ルカがすっかり昨日の事を思い出して落ち込んでいるのを確認すると、リビングにいるルイドの母に気付かれないようにそこを通り過ぎ、お世話になった家のドアを音も無く閉めると、そのままルイドの家を出てゆく。


夜とは違い、活気を取り戻した村。人通りの少ない道を選んで村の出口を目指した。一様に浅葱色のローブを纏ったこの村の人々は、スエ族だ。どこを見ても誰を見ても、肥満体型が見当たらないことにアルフォンソは顔をしかめた。飢饉の村になんて、2日も居たら精神的にヤラレそうだ。失礼かもしれないが、内心アルフォンソは呟いた。


途中、明らかに余所者であると分かる格好をしているアルフォンソの姿を目に留め、何人かの村人達が声を掛けてきた。

「あんたが化物を退治してくれた旅人さんかい?」

「いや、人違いだ。その旅人なら先程会ったが、黒髪で幼さの残る顔立ちの青年だったよ。ルイドという少年の家で厄介になっているらしい」

声を掛けられる度に、アルフォンソは笑顔でそう答えていた。

3日。その期間内に、精神的に非常にツライ任務を遂行しなければならないルカを残し、アルフォンソは先に組織へと帰るつもりだった。
昨夜から頭を巡る嫌な考え。ルカは組織への裏切り行為を、なぜ俺に黙っていた?
黙殺しようとしたのか。それとも、ルイドの隙を突いて殺すつもりだったのか。ルカのことを考えると妙なイライラがアルフォンソを襲い、どうしても今だけは、ルカの側に居ようという気分にはなれなかった。

とにかくルカには酷かもしれないが、流石に今回の失敗はルカが自分でケジメをつけるべき失敗だとアルフォンソは思った。弟のルカが組織に入って、最早3年が経つ。ルカがちゃんと任務遂行することを信じよう。そう思い、アルフォンソは1人村の門をくぐった。


スエ族の村を出て、昨夜通ってきた木々の小道をたどると、昨夜は静まり返っていた動物たちの鳴き声が聞こえてきた。アルフォンソは早足で小道を抜け、昨夜R生物が来襲した荒地へと戻る。

組織にバレたら、いや、ルカの教育者である女剣士にバレたら、まず間違いなくルカはただではすまないだろう。だからと言って報告義務を怠る事は出来ない。アルフォンソは溜め息を吐いてから携帯電話をゆっくり取り出すと、慣れた手つきで電話番号を打ち込んだ。数回のコール音の後、スピーカーの向こうから響いてきたのは陽気な親父声。

「おーアルかぁ? 元気にしてるかクソガキー!?
てんめー今どこほっつき歩いてんだぁ!? たーんまり任務が山積みだぜぇ? どうするよぉー……うっ、おえぇー……」

「……デニス、また飲んだのか」

呆れたような声しか出ないアルフォンソに構わず、電話の向こうでは気分が悪くなるような嗚咽ばかりが聞こえてきた。

朝から飲んだくれの中年男。彼の名は、デニス=パーヴロヴィチ=ヴィジマノフ。立派な名前が示すとおり、彼の役職はなかなかに立派なものだった。

「リーダー、緊急報告だ」

アルフォンソが言った瞬間、電話の向こうで嘔吐していたであろうデニスが静まり返る。飲んだくれの、その男の正体。それは、<RED LUNA>の副リーダー兼、第一幹部に位置するアルフォンソの唯一の上司である、伝説の組織とまで謳われる<RED LUNA>を率いるリーダーだった。

緊急報告と聞いて、静まった電話の向こう側。これからするのは、実弟の裏切り行為の報告。アルフォンソは電話越しにリーダーのアルコールの抜けたであろう真顔を脳裏に浮かべ、唇を噛み締めた。したくはないが、報告はしなければならないのだ。

「<RED LUNA>の存在が、構成員ルカ=モンテサントが口を滑らせたために一般人にバレた。3日以内に対処することを任務とし、任務遂行の邪魔にならぬよう俺は退避している。……指示を」

報告し終え、しばらくの静寂があった。アルフォンソはよく見知った相手に対し、緊張感が高まるのを感じた。




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