ch1.黒髪の兄弟 15





あの時、ルカはあまりにも予想外の事態に、冷静でいられなかった。ただそれだけの理由で犯してしまった唯一の、重大な失敗。

「俺はルカ=モンテサント。R生物討伐のために活動する<RED LUNA>の構成員だ。
……君の名前は?」

進化の前兆として痙攣していたR生物。その進化を見逃せる余裕など、ルカには無かった。
ひどく怯えていたルイドを置いて戦場に向かうわけにもいかず、ルイドとの早急なコミュニケーションが必要だった。どうすればいいか冷静に考える間もなく、ルカは相手を安心させるために所属を名乗ってしまった。それは、組織のタブーだったのだ。ルカが、しまったと思ったときには、何もかもが手遅れだった。
絶対にしてはいけない失敗、それをルカは犯してしまったのだ。

「あ、あの<RED LUNA>? あの、噂だけの、組織……?」

「噂だけだと思ってたのはお互い様だな。俺も、生贄なんて考える地域がある、なんてのは、噂だけだと思ってた」

苦笑というポーカーフェイスの下に隠した焦り。どうしても、組織の人間にはこの失敗を知られてはならない理由があった。

秘密が洩れたなら、口封じが必要になるのが当たり前なのだ。





「アルフォンソさんとルカさんは、あの<RED LUNA>の一員なんだって!」

無邪気に、無常にも発せられたルイドの言葉。それから、凍ってしまったかのような空気の中、一度も顔を上げようとしないルカと明らかに緊張してしまったアルフォンソ。2人の様子を見て何かを悟った夫人は、伝説の組織の存在に興奮するルイドをたしなめて、静かに言った。

「……このことは、黙っておきます」





その後にアルフォンソたちが案内された寝室には、現在、アルフォンソとルカは2人きりだった。すでに夜中を過ぎているのだから眠気があるのが自然だろう。アルフォンソもルカも部屋に着くなり、一言も交わさずに各々の布団に潜り込んだ。
だが、思い思いを胸にしている二人は、どうやっても眠れるはずが無かったのだ。兄弟の間に長い沈黙が流れる。
しばらく経って、その重い空気の中で口を開いたのはアルフォンソの方だった。

「ルカ、分かってんのか?お前がしたことは……裏切りだ」

静かな声で呟くアルフォンソ。すると、隣の布団の震えが微かにアルフォンソにまで伝わってきて、アルフォンソはそっと溜め息を吐いた。

「本当に、お前が<RED LUNA>のことを喋ったのか?」

静寂。アルフォンソは両目を閉じ、固まったままのルカが口を開くのを気長に待った。
しばらくして、ルカは決心したように、しかしどこか不安げな様子で話し始めた。

「あの時、R生物が、進化の直前でした」

震える声で紡がれる言葉。ああ、と相槌を打ちながら、アルフォンソは先を促す。無意識な敬語。任務中の口調になっていることに、ルカは気付いていないのだろうかとアルフォンソは思案する。

「いそいで、ルイドを落ち着けないと。そう思って、俺、焦って……」

そこまで言って、ルカが急に言葉を切る。続きは、言われなくても想像がつく。アルフォンソは唇を噛み締めた後、肺が詰まりそうになる空気を深呼吸によって入れ替えた。

「焦ってどうした、言え」

急に口を閉ざしたルカに、アルフォンソは一息で命令した。途端に、ルカの布団から伝わる震えが大きくなるのが分かった。

「――<RED LUNA>の構成員だと、名乗りました」

そして、長く悩んだ末、ルカは正直に失敗を認めたのだった。


瞬間、ルカの首のすぐ横に鋭い何かが突き刺さった。ビクリ、と反射的にルカの体が大きく跳ねる。突き刺さったものは蒼い刃先、長い柄の特殊性の槍。そして、槍を握りルカの上に馬乗りになっている者は、紛れも無くアルフォンソだった。

今までの強気な態度は微塵も無く、ただ震えるしかないルカの様子は酷く哀れなものだった。冷たくルカを見据えるアルフォンソの目は、兄弟としての感情など一切こもらないような、そんな冷たい眼。そして、アルフォンソの口から組織の幹部としての、非情な命令が下される。

「<RED LUNA>の存在を喋ったのなら、裏切り者が何を命じられるか、分かるな」

「……っ!」

思わず切羽詰ったように息を呑んだルカの異常な怯えようから、アルフォンソは一瞬顔をそらさずにはいられなかった。

なぜルカは、こんなバカな事をしたのだろうか。いや、それもきっと疲れのせいだろう。連日の小間使い、赤髪の女剣士から受ける虐待まがいの修行、今日だって朝からこき使われていたと言っていたルカ。雑魚とはいえ、疲労困憊の中の討伐任務。予想外の乱入者。ヘマをするのも頷ける。そこまで考えて、アルフォンソは肩を落とした。

……だからといって、許されるわけではないのが、現実なのだ。

アルフォンソの脳裏に蘇るのは、心優しいバグウェル親子の、よく似た笑顔。それらを追い出すかのように、アルフォンソは堅く目を閉じると頭を振った。

「命令だ。構成員ルカ=モンテサントに、3日の猶予を与える。期限内に、<RED LUNA>の存在を知る者達を抹殺せよ。さもなくば、お前もろとも皆殺しだ」


絶対的に守らなければならない組織の掟。裏切り者に与えられるのは、残酷な命令。
構成員のルカには頷く以外、他に方法が無いのだった。






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