ch1.黒髪の兄弟 14





「もう夜遅いですし、何よりお礼をさせてほしいのです。どうか、泊まっていって下さいませんか。お願いします」

「僕からもお願いします!」

少年、ルイド=バグウェルの母親は、ルイドに良く似た容姿をしていた。いや、ルイドが母親に良く似ていたのだろう。表情豊かで、二人揃うと、より和やかな雰囲気に包まれるような、そんな親子。その親子に頼み込むようにせがまれては、アルフォンソは折れるしかなかった。

「では、ありがたくお世話になります」

「……ヘタレ幹部」

隣でルカが小さく呟いたのが聞こえて、アルフォンソはルカのわき腹を小突いた。・・・最小限の動きと最大限の苛立ちを込めて、あくまでバグウェル親子には笑顔を向けたまま思い切り小突いてやった。瞬間、ルカが小さく呻く。ざまあみろ、アルフォンソは少々生意気な弟に対して、内心舌を出した。



一人息子の命の恩人だから、お礼がしたい。バグウェル夫人はそう言っていたものの、その食卓はアルフォンソとルカが思っていた以上に非常にわびしい物だった。野菜の切れ端が浮いただけのスープらしきもの、歪な形をしたベーグルのような食感の小麦粉の塊。
こんなものが食べられるか!という感情なぞ出てくるはずも無く、アルフォンソとルカの胸に広がったのは多大な罪悪感だった。

「すいません。あの、本当にこの村、最近は食べるものが無くて……」

ルイドがおずおずと声をかけてくる。アルフォンソはとんでもない、と心底申し訳なさそうに答え、ルカはありがたくいただきます、と微笑して頭を下げた。

飢饉に襲われた村。R生物の来襲。
こんなにも災厄が続いている中、まともな精神状態でいられる人間はいないのだろう。だからといって、生贄などという考えに達するのも……どうかと思うが。アルフォンソはボンヤリとそう考えながら、スープをすする。砂っぽい味が口の中に広がった。

お茶を持ってきたルイドの母親が、深いため息を吐いた。

「主食のバッファローがめっきり姿を消してしまってから、ずいぶん経ちまして……。そろそろ生活がキツくなってきましてね。
ウチの旦那は数年前、村の外に用事があると言って出かけたっきり連絡もしてきませんし……。こんな時に大事な一人息子まで生贄などという意味の分からないことで失ってしまったら、私は生きていけませんでしたよ。本当に、アルフォンソさんとルカ君には感謝してもしきれません」

赤く泣き腫らした瞼を隠すように夫人は氷を目に当てて、笑っていた。

聞けば、ルイドの父親はやはり、村の住人ではなかったようだ。それでもこの村の部族と同じ地方出身の屈強な男で、ルールを越えて村の誰もが認める程に、頼れる優しい男だったらしい。
それを既に先に母親から聞いていたらしいルイドは心に残る全ての不安が消え去ったようで、とても清々しい表情をしていた。

「村の事情も気にせずに、申し訳ないです……。この大事に、一宿一飯の礼は決して忘れません」

アルフォンソが頭を下げると、ルカもそれに習うように一緒に頭を下げる。とんでもないというように、ルイドの母親もまた深々と頭を下げた。

頭を上げたルカがふと何かに気付いて、考え込むように唸った。それに気付いたアルフォンソがルカの肩をポンポンと叩いて、思案しているルカの気を引いた。

「どうした?」

「いや、どうしてアル兄はアルフォンソさんで、俺はルカ君なのかなって思って」

それはお前が童顔だからだ。誰が見ても15・6歳の少年にしか見えない。そう言い掛けて、アルフォンソは慌てて口を閉じた。これは本人の前では禁句だ。

「ルカ君って呼んじゃいけないかな?」

優しい笑顔で尋ねてくるバグウェル夫人に、ルカの顔がほんのり赤く染まる。照れたようにして、別に構わないです! と慌てて答えるルカを見ながらアルフォンソは苦笑した。
ルカくらいの年頃の青年を魅了できるほどに、確かにルイドの母親はとても美人だった。だからこそ、アルフォンソはその美人な夫人とよく似通っているルイドの顔をチラリと見ずにはいられなかった。……ルイドが男に生まれてきたことは残念だったかもしれない、そんな馬鹿げたことをアルフォンソは思ったのだった。

アルフォンソがそんなくだらないことを考えているうちに、ルカと夫人の会話は進んでいた。

「でも俺、君付けされるの慣れてなくて……」

「本当? たまにはいいじゃない、ね?」

必死にやんわり反抗するルカと、笑顔でやんわり対応する夫人。
コイツ、実は21歳です。そう言ったら、きっと夫人は面白い反応をしてくれるんだろうな。一人でそんな事を考えながら、アルフォンソは苦笑を浮かべた。

「明日の朝一で、俺達は村を出ます」

夕食後、穏やかにそう言ったアルフォンソ。それを聞いた夫人は、首を横に振った。

「そんなわけには、いきません。アルフォンソさん達は、私達家族の最大の恩人です。お気遣いはなさらないで下さい」

自分達の暮らしでさえ、危険な状態。それでも、間髪入れずにそう声を掛けられる夫人の優しさに、アルフォンソは胸が張り裂けそうなほど感動した。

「すみません。俺達、帰らなきゃならない場所があるんです」

ルカが夫人にそう言うと、この兄弟を旅人だと思っていた夫人が不思議そうに首を傾げた。そして、ルイドがハッと思い出したように口を開く。

「アルフォンソさんとルカさんは、あの<RED LUNA>の一員なんだって!」

瞬間、空気が凍った。夫人の目が、満月のように見開かれる。
ついでに言うと、アルフォンソの目もこれでもかといわんばかりに大きく見開かれた。しばらく放心していたアルフォンソが、ハッとして勢いよく隣に居たルカを睨む。
やらかした。そう言わんばかりに思い切り顔をしかめたルカの姿が、アルフォンソの鋭い瞳の中に映っていた。




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