ch1.黒髪の兄弟 13




ルイドの家へと歩を進めるルイド、アルフォンソ、ルカの3人。ルイドは先程よりも強い意志の灯った目で、前を見据えて黙々と歩いていた。アルフォンソもルカも何も言葉を発することなく歩き続ける。


――俺はもう、ルイドとは仲の良い幼馴染で居られない。

シリルはそう言って、ルイドの家とは逆の方向へ静かに歩み去った。その後ろ姿を見送るルイドは落ち込んだような、悔しそうな表情を浮かべていた。

「……行きましょう」

しばらく経って、静寂を破る少年の声は不思議としっかり響いた。歩み始めたルイドが先頭を行き、アルフォンソとルカが続く。そうして誰も言葉を発することなく、黙々と歩き続けていたのだった。

やがて、何か悲鳴のような甲高い叫びが耳に入ってきたところで、ルイドは足を止めた。つられてアルフォンソとルカも歩みを止める。きっと、この叫び声の正体はルイドの母親だろうとアルフォンソは察した。案の定というべきか、数秒の後に、ルイドがゆっくりと振り返ってアルフォンソとルカに向き直る。

「すいません、少し……ここで待っていてもらえませんか?」

やはり身内の半狂乱の姿など、見られたくないのが心情だろう。暗黙の了解で、アルフォンソとルカは頷く。ありがとうございます、と申し訳なさそうに呟くと、ルイドは小走りで奥に駆けていく。




ポツリと残された兄弟は何を言うでもなく、動揺することもなく、当たり前のようにそこに立っていた。

夜の静寂の中、ルカはアルフォンソの隣まで歩み寄ると、アルフォンソが不思議そうに目を向けてくるのを確認してから、小さく口を開いた。

「……俺の親って、どんなんだった?」

独り言のような淋しい声で、しかし明らかにアルフォンソに向かって強く投げかけられたその言葉に、アルフォンソは困ったように肩を落とした。

「……母さんは、静かな人だった。でも、俺達を守るために一生懸命に生きてくれた。
父さんが居なくて、子供達を女手一つで育ててくれていたけれど、通りすがりの機嫌の悪かった帝国の兵士に運悪く殺された。……前にも言っただろう、急にどうしたんだ?」

アルフォンソが苦笑して答えるも、ルカはいぶかしげに眉間にシワを寄せただけだった。

近頃、ルカはアルフォンソのいつも返ってくる機械じみたこの答え方に、疑問を感じていた。運が悪かったから殺された? そんな事実を納得できるほど、自分の兄はクールな性格じゃないと分かっている。ルカは否定するように首を横に振り、アルフォンソの目をまっすぐに捉え直す。

「人から聞いた話なんて信じる意味がないとは思っているけど、両親のことについては、俺はアル兄の言う事しか信じれないんだ。だって、俺には小さい頃の記憶がないんだから。
……父さんのこと、何で話してくれないんだよ。それに、母さんを殺したのは通りすがりの兵士だなんて言って、本当は違うんだろ」

思い切ったように言い返すルカ。かつてない弟の反抗的な鋭い目に、アルフォンソは心がギクリと冷えるのを感じた。

父さんのことが気になるのは仕方ないと思う。たしかに、これまでアルフォンソは父の話題は避け、一切話した事がないのだから。しかし、なぜルカが、母を殺した奴を知っているかのような口ぶりなのか。動揺を隠し切れず、アルフォンソは無意識に唾を飲み込んだ。それを見たルカが、確信したようにアルフォンソに畳み掛ける。

「通りすがりの兵士なんて可愛らしいもんじゃないだろ。母さんを殺したのは、帝国の暗殺部隊の現隊長、ガロンだ。俺は、そう聞いた……っ!」

ガロン。

聞いた瞬間に、ドクンとアルフォンソの心臓が大きく跳ねた。久しぶりに聞いたその名前こそ、最大のアルフォンソのレッド・ゾーンだった。大きく響く心臓の音、高揚してくる感情を無理矢理に押さえ込み、アルフォンソは口を開く。

「悪いが、その名前を、口にするな……!」

頼み込むように、それと矛盾してドスの効いた低い声。その声に含まれる膨大な殺意に、ルカは目を見開いて後ずさった。そのルカの行動は本能的なもので、生物の生まれ持つ危険察知能力が俊敏に働いたものだった。抑えようとするも抑えられないくらい湧き上がってくるドス黒い感情。アルフォンソは何度も落ち着けと自身に言い聞かせ、一つ大きく深呼吸した。

「……アル、兄?
あの、ごめん。俺、怒らせようとか、そういうつもりじゃなくて……」

ルカが申し訳なさそうに謝罪する声がどこか遠くに聞こえ、そうじゃないとアルフォンソは内心呟く。不思議とそうすることによって感情が落ち着き始める。悪いのはルカではない。ルカにも、家族の一員として知る権利がある家庭事情なのだから。
だからといって、自分達の家庭事情は、決してルカに話していいものではないと分かっていた。なんとか落ち着きを取り戻したアルフォンソは、心配そうに自分を見上げているルカに大丈夫だという風にぎこちなく笑いかけながら、ルカの頭に手を置いてポツリとこぼした。

「ごめんな。今はまだ、言えないんだ。けど、いつか……お前も知るときがくるさ」

ガロン。少しクールでヘタレだったあの少年は、帝国の暗殺部隊に所属し、非情な隊長にまで昇格していってしまった。アルフォンソは切なげに瞼を閉じる。

俺の片割れ、双子の弟。母親殺しという罪を背負って、お前は今、何を思って過ごしているんだろうな……。
感慨にふけりながら、アルフォンソはもう一人の弟の頭を撫でる手に力がこもるのを感じた。守り通したい弟と、取り戻したい自分の片割れ。アルフォンソが闘う理由は、それだけで充分だった。


遠くから誰かが走ってくる足音が聞こえる。ルイドが帰ってきたようだ。アルフォンソとルカに満面の笑みを湛えて駆けてくる少年に、難しい顔をしていたアルフォンソもつられて笑みを浮かべた。





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