番外編 大人の鬼ごっこ2


【ルールその9・武器使用と戦闘の許可】


三階の東階段。荒い息遣いが聞こえ、アルフォンソはそちらを見やった。暗い影に隠れるようにして、肩で息をしながら座りこんでいた人物に、アルフォンソは驚いた。
「ルカ……?」
アルフォンソが目を丸くして見つめる影の中には、剣を握ったままのルカが滝のような汗を流して座り込んでいた。ルカはアルフォンソの声に反応したようにピクリと反応し、顔をのそりと上げると、ヘラリと苦笑を浮かべた。
「アル兄か、ビビった……」
「お前どうした!? 満身創痍だが、もしかしてバルトロメにでも襲われたのか!?」
慌ててルカに駆け寄ると、ルカは否定するように首を振った。何か言おうとルカは口を開けた瞬間、何かに気付いてハッとしたように、慌てて立ち上がった。
瞬間、アルフォンソもピンと不穏な気配を全身で感じて、その身を硬くした。その気配は、まさしくアリサの凶悪な殺気だった。

アルフォンソとルカの兄弟が緊張で身を硬くしてから一瞬の間があって、ガツンという大きな音が辺りに響き渡ると、階段の策を飛び越えてアリサが二人の前に降り立った。かと思った瞬間、アリサは容赦なくアルフォンソに向けて剣を突き出した。
「……っ!?」
声にならない呻き声をあげ、アルフォンソは後ろにのけぞる。と、そこには運悪く壁があり、アルフォンソは思い切り後頭部を打ち付けた。ギラギラとした痛みがアルフォンソの頭を駆け巡り、アルフォンソは鈍い痛みに、声も出せずにその場に座り込んだ。

「アンタ何やってんだよ」
アリサのドスの利いた声が鼓膜を刺激し、ルカが息を呑む音がアルフォンソのグラつく頭にクリアーに響いた。
「いや、様子のおかしいルカを見つけたから、心配してただけだが」
「アンタに聞いてねえよ」
アルフォンソが言うと、アリサがイラついたように即答した。頭に疑問符を浮かべるアルフォンソの存在は全く無視し、アリサは座り込んだままのルカの喉元に剣を向けた。
「訓練を始めてから十分も経ってないってのに、何勝手にヘバってんだよ」
「いや、だってアリサ、ちょっと今日ハイペースすぎるって……!」
弱々しくアリサに意見したルカに、アリサの目が不機嫌に細まり、あっという間もなくアリサの右手に光る鋭利な剣先が、容赦なくルカに襲い掛かった。ヤバイ、そう思った瞬間にはアルフォンソはルカを守るように横から槍を突き出し、ルカはとっさに身を捩ってアリサの脇を転がり、剣を構えて立ち上がっていた。

アルフォンソの槍がアリサの剣とかち合った瞬間に鋭い金属の音が響き、お互いの鋭い視線が交じり合う。二人の背後にまわったルカは、その様子をただ唖然と見つめていた。しばらくの静寂の後、アリサが憎々しげに口を開いた。


「本当に訓練の邪魔だね、アンタ。横槍趣味のブラコン野郎が」
「何が訓練だ、今本気だったろ。いつも言ってることだが、ルカを殺す気か?」
アリサの剣がアルフォンソの槍をグッと力強く押し、アルフォンソが負けじと押し返す。均衡状態が続き、アリサが素早く右足を出すのとアルフォンソがアリサの剣を弾くのは同時で、二人はお互いに素早く後退した。

が、そのタイミングが悪かった。

アルフォンソが後退した先にあったのはエレベーターで、タイミング悪く何者かが操作するその扉が開いたのだ。そのため、アルフォンソは勢いよくエレベーターの中に後ろに倒れるようにして転がり込む羽目になった。無様に転がったアルフォンソの視界に、黄緑色のサラリとした、長く綺麗な髪の少女が映る。エレベーターに乗っていたのがシルヴィアだと、咄嗟にアルフォンソは気付いた。

「わっ、ビックリしたぁ。アルさん、驚かすのは無しですよ〜」
エレベーターの中で響く暢気な声に、アルフォンソは一瞬、体を起こす気が失せた。が、その時に気を抜いたのがいけなかった。

ニヤリと不適な笑みを浮かべたアリサが素早くエレベーターに身を入れると、一階のボタンを押してさっと身を引いた。
「シルヴィア! 早くドア閉じな!!」
アリサが強い口調で言うと、シルヴィアはよく状況を理解していないまま、ワタワタと慌てた様子でエレベーターのドアを閉ざすボタンを連打した。

「ちょ、待て!!」
慌ててアルフォンソが身を起こした時にはもう遅く、エレベーターの扉はガガッという錆びた金属音を立てながら閉まっていく。ニヤリと笑うアリサがヒラリと手を振る姿が、細まるドアの隙間から僅かに見え、やがてゆっくりと見えなくなる。
「不幸体質のアルフォンソ君。アンタは動けば不幸が付き纏うんだから、どこかにじっと隠れてることをオススメするね」
アリサの非常に失礼な捨て台詞とともに、ガゴンとドアが完全に閉まる音が不気味に木霊した。


完全に閉じたエレベーターのドアの向こうから激しく剣同士が弾きあう様な金属音が聞こえ、ルカの無事を祈りながらも、アルフォンソは心配そうにこちらに目を向けているシルヴィアを見て、苦笑を浮かべた。エレベーターを閉めたシルヴィアに悪気はないのだから、この子に怒るのは筋違いというものだろう。
「アルさん、私もしかして、なんか邪魔しちゃいました……?」
ションボリとして聞いてくるシルヴィアに、アルフォンソは慌てて首を振った。
「いや、大丈夫だ。気にしなくていいさ」
その答えを聞いて安心したようにはにかんだシルヴィアに、アルフォンソは内心で溜め息を吐きながらも柔らかい笑みを浮かべる。

たしかにアリサの言うとおり、不幸体質の自分が動き回れば何かしらアンラッキーな目に遭いそうだ。そう考えたアルフォンソは、エレベーターを降りたらルカを助けて、一緒にどこかに身を隠しておくべきだなと考え、苦々しい笑みを浮かべた。

まさにその瞬間、エレベーターのドアが開き、目の前には大輪のヒマワリのような笑みを浮かべた、鬼のバルトロメが待ち構えていた。勘弁してくれ、とアルフォンソは流石に肩をガックリと落とす。アルフォンソは無理矢理押し通ろうかとも思案したが、シルヴィアを残して一人逃げることも出来ず、深い溜め息とともに一週間の禁酒を受け入れたのだった。

アルフォンソがバルトロメに右肩をポンと叩かれ、シルヴィアがアルフォンソに謝罪しながらもバルトロメと同じ方向に駆け出した瞬間、通信機器がリックからの通信を受信した。

『鬼はバルから再びアルに移ったのだよ、アルは一週間の禁酒だ』
リックの声が聞こえた瞬間、上の階からアリサが爆笑する声が聞こえた。覚えていろと内心で舌打ちし、アルフォンソはアリサへの復讐心に燃える。

が、次に続くリックの言葉に固まった。
『さて、次のペナルティは少し特異なのだよ。これまで通り鬼に捕まった者にペナルティが課せられるが、もしも今から十分以内に鬼が誰も捕まえられなければ、このペナルティは鬼に課せられる』

決められた時間内に捕まえられなかったら自分がペナルティを受けると聞き、アルフォンソは冷や汗を流す。一体、何のペナルティなんだと早くその先を聞きたいが、リックは参加者たちを焦らすように、そこでしばしの沈黙を貫いた。

そして、しばらくの沈黙の後、ふっとリックが鼻で笑うような音が聞こえた。

『次のペナルティは、一週間のデニスの奴れ……雑用係なのだよ』
奴隷と言い掛けなかったか、今。内心でツッコミながら、しかしペナルティの内容を聞いた瞬間、アルフォンソはアリサへの復讐心をすっかり忘れたかのようにスッパリと気持ちを切り替え、絶対にデニスを捕まえようと心に決めのだった。

十分以内にデニスを見つけたいアルフォンソは、デニスが向かいそうな場所を予測する。デニスが向かう先で、まず絶対に欠かせない条件が酒の飲める場所だろう。単純に考えて屋上な気もするが、どう考えても、どこの高層建築物にも共通して屋上は封鎖されているのが普通だろう。
他にデニスの向かいそうな場所はどこがあるのかと考えて、はたとアルフォンソは思い直した。封鎖されている場所は通ってはいけないと判断するのが常識人(モラリスト)なのだろうが、あいにくデニスには常識は通用しない。デニスの行動基準は、ほとんどが自分中心、少々のことなら自分がやりたいことは押し通すだろう。やはり屋上の様子も見に行くべきかとアルフォンソは思い直し、エレベーターに乗ろうとしたところで、携帯がノイズを鳴らす。リックからの通信だ。

『アル、制限時間は残り九分だ。ついでに忘れているようだから言っておくが、エレベーターの使用は鬼には許可されていないのだよ』

それだけを伝えた通信はブツンと一方的に切れ、アルフォンソは忘れていたルールの一つを思い出して苦笑し、暗く錆び付いた階段を見た。階上で慌しく響く足音はアリサが訓練と称してルカに猛攻撃を仕掛けている音だろう。ルカが心配ではあったが、そっちを気にしていたら時間が切れてペナルティを被る羽目になり、一週間のデニスのパシリは自分に確定してしまうだろう。さっさと終わらせて、ルカを助けに行かなければと考え、アルフォンソは決心したように一つ頷いた。
そして、現在地点の一階から最上階である六階まで続く階段を、全力疾走でガンガンと激しい足音を立てながら駆け上がった。

アルフォンソは五段飛ばしで、飛び上がるように階段を駆け上がる。
二階に上がり、三階に上がる途中で錆び付きの酷い段を踏んでしまい、ガゴンと右足で踏みしめた足場が抜け落ちた。右足が微妙に抜け落ちた階段にハマったままで大きく前に傾いてバランスを崩したアルフォンソは、咄嗟に両腕を前に突き出して錆び付いた手すりを握り締めた。パリパリとはがれかけていたペンキのコーティングが、アルフォンソの手の平にへばりつく。
少しでも動くとギチギチと今にも抜け落ちそうな危険な音を立てる階段でアルフォンソは硬直し、そのまま身動きが取れなくなった。どうしたものかと考えていた、その時だった。俯いてこの状況に困り果てていたアルフォンソの目の前に、暗い人影が差す。






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