番外編 ラリル組の年末
chxx.番外編集
やけに騒々しい朝だった。
遠くで誰かが喧嘩している声を聞きながら、リックは目を覚ます。貴重な睡眠時間が削られたことで多少の苛立ちを覚えながら、リックはすぐ脇に置いてあった眼鏡に手を伸ばした。二度寝などという、だらしのない生活とは無縁の彼だ。目が覚めたからには、割り切って活動を始める。寝起きながらに視界と思考を正常値にまで矯正したリックは、溜め息を吐きながら寒気に尻込みする全身を無視して、潔く布団から出た。
眩しい日差しだった。陽の光に照らし出されたキャンプの中心地では、焚き木がゴウゴウと燃えている。その焚き木の前で、黒髪の青年二人が何やら睨み合っていた。リックの睡眠を妨害したのはその青年たちの荒げる声であり、その青年たちとは、リックの友人でもあるライノとルカだった。
「貴様ら、また喧嘩か。俺の睡眠を妨害するのも何度目だ、大概にするのだよ」
心の底から沸いて出る不快感を表情に浮かべて、リックは二人に歩み寄る。リックに気付いた途端にライノは肩をすくめ、ルカは困惑したような表情を浮かべた。
「ごめん、アンタが寝てたの知らなかったんだ。もう昼過ぎだったからさ」
ルカが苦笑する。ルカに言われて初めて、リックは自身の腕時計を見た。
――昼過ぎだった。早朝に寝て、今が昼過ぎだとすると、五時間以上は寝た計算になる。そこまで考えて、リックは舌打ちした。
「迂闊だったな、寝過ごしたのだよ」
そう不満げに漏らした後で、リックは今朝すべきだった仕事に思考を巡らせる。昨晩に確認した限りで、保護が薄れていたデータベースの改築と、一時的にセキュリティ制限を安全に緩和する作業、自身が構築した情報管理サーバーへのハッキング履歴の確認だ。
俯き加減に、じっと考えていたリックの頭上からルカの焦ったような声がかかる。
「いやいや。リックは働きすぎだから、もうちょっと寝たほうがいいと思うぞ。働かないっていう意味で問題なのは、ライノだろ」
ルカが嫌味ったらしくそう言うと、不機嫌そうにライノが舌打ちを返した。
「たかが掃除を手伝わないっつったくらいで、グチグチとうっせぇなぁ。俺は約束があんの。かんわいい女の子と!」
ライノの言葉に、リックはふと現実に戻った。仕事への思考回路は、ひとまずスリープする。
「掃除……だと?」
ライノのふしだらな言葉にルカが何か言い返そうとするより早く、リックが訝しげに呟いた。いきなり反応したリックに少し驚いたような顔をした後、ルカがぎこちなく頷く。
「あ、え、うん、掃除。例年通り、年末だから掃除しろってアリサがうるさくてさ。そしたら、ライノが自分の分の掃除もやれって俺に言ってくるから怒ってたんだけど……俺、間違って無いよな?」
ルカが問いかけるとリックは無言で頷き、ルカを肯定した後、何かを考え込むように再び俯いた。やがて、リックはゆっくりと顔を上げると、納得のいったようなスッキリとした表情を浮かべて、微笑した。
「そうか、もう年末なのか……どうりで、クリスマスがあった訳なのだよ」
リックが自然と言い放った言葉に、ライノとルカは唖然として顔を見合わせる。
「リック、アンタ……ちょっとは休んだ方がいいぞ。真剣に起こして悪かった、もう一回だけ寝てこいって」
ルカがリックの両肩を掴んでそう言うと、リックはきょとんとした表情で首を横に振った。
「これから掃除があるのだろう。睡眠は十分に取った、一向に構わないのだよ」
「いやもうアンタ、本当に……ってライノ! どさくさに紛れて逃げるな!!」
ルカが鬼のような形相で振り返って叫んだ瞬間、ライノは笑い声を上げながら走り出した。リックは無言でしゃがみこみ、その場にあった小石を拾い上げると、思い切りライノの後頭部に向かってストレートに投げつけた。が、リックの投げるモーションを横目で見ていたライノはそれをヒラリと避け、ルカとリックに向けて悪戯っ子のように舌を出した。
「そんなトロくせぇ石つぶてが当たるかよっ!」
「ふっ……甘いのだよ。勝負は既に決している」
「は? ……ぶっ!」
リックが不敵な笑みを浮かべ、ライノが間抜けな声を上げた瞬間に、ライノは何かにつまずいて盛大に転がった。
派手に二転三転としたあと、地面に突っ伏したライノにリックは嘲笑を浮かべる。ライノの足元には、焚き木の近くで寝そべっていたバルトロメの巨体があった。がっしりとした体躯のバルトロメは、ライノに蹴られても全く動じずに幸せそうな顔で眠りこけているままだ。
「……花丸の策略だったな、リック」
ルカが感心したように言って、右手の人差し指で宙に花丸を描く。リックはそれを鼻で笑い、得意気に眼鏡を押し上げた。
「当然の結果なのだよ、俺は天才だからな。さて、掃除はどこから始める?」
リックがルカに尋ねると、ルカはしばらく悩んだ後、至って普通の会話の流れであるかのように、通常の表情で呟いた。
「ゴミ……使えそうにない奴を、先にまとめておこうか?」
「うむ、それがいいのだよ」
ルカの言葉に答え、リックは懐からコイルロープを取り出した。そんな二人にじっと目を向けられたライノは、火のついたように起き上がって、引きつり笑いを浮かべる。
「……お、落ち着けお前ら。上司命令――」
「アンタより上のアリサに掃除しろって言われてるんだから、仕方ないだろ? ゴミ燃焼」
ライノにニッコリと笑いかけたルカを見て、ライノの顔は真っ青になる。
「すみませんでした、喜んで手伝わせてイタダキマス」
冷や汗を流しながら言ったライノに、ルカは怪しむような視線を向ける。その様子を見ていたリックが、ふいに何か悪巧みを思いついたかのようにニヤリと口元に笑みを浮かべ、ライノの前に進み出た。
「最後まで手伝わなかったら、貴様の携帯の端末情報を全て改ざんしてやるから、覚悟するのだよ」
「……お前ら、鬼畜すぎるぜ」
ライノはガックリとうな垂れると、これから会う予定だったであろう女性に、渋々ながらもようやく断りの電話を入れたのだった。
-end-
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