ch3.水辺の大怪獣 26
布団を跳ね除けると、体が少し震える。
肌寒い季節になってきたな、と、ルカは寝起きの頭で思った。
寮室のベッドから出ると、ルームメイト達はもう誰もいなかった。
「あー……今日から文化祭の準備だっけ」
思い出したように呟き、ガシガシと自身の黒髪をかき回すと、さっと軽く着替えを済ませてルカはガヤガヤと学生たちが騒がしい廊下へと顔を出した。
「おいこらあ! ルカ、寝坊は罰金だぞ!」
ルカの顔を見るなり、クラスメイトであるレスターは爽やかに笑った。ルカが怪訝そうな表情を向ける。
「ごめん……何でそんなに機嫌がいいんだ?」
「ふっふっふ! それはだなぁ……聞いて驚け、我がクラスは! 演劇をすることになった!」
「あれ、喫茶店にするんじゃなかったのか?」
今朝のクラス集会に寝坊してしまった時点でルカは何が起こったのか知る由もないのだが、先週の集会で決まっていた出し物は喫茶店だったはずなのだ。衣装も準備しようとしていた矢先、何がどうなって演劇に変わってしまったのかがルカには不思議だった。
「いやぁ厨房に行くよりウェイトレス服を着たいって女子が多くてな、男子には厨房なんて無理じゃん。じゃあ演劇にしようかってなったんだよ」
「なんだそれ、みんな楽しそうだな」
思わず笑ってしまったルカに、レスターも全くだと同意しながらケラケラと笑った。
「あ、ちなみにお前ナレーター役になってたから安心しろよ。舞台裏で棒読みするだけでいいから」
俺が推薦しといた、と笑うレスターに、ルカは感動のあまり抱きついた。
「ありがとう、助かる。いや、本当に」
「はっはっは! 新人には優しい俺、かっこいい!」
高らかに誇らしげに言うレスターの背中から、すうっと赤い目が現れた。
ルカが咄嗟にレスターから離れた一瞬の後、レスターは潰れるような悲鳴をあげて廊下を転がった。
「通行の邪魔だ……ルカ、遅かったな」
レスターを蹴り転がしたのはジアンだった。なぜか西洋の兵隊服を着ている彼の姿に、ルカは驚いた。
「……えーっと、兵隊役とかかな」
「あぁ、おもちゃの兵隊Aだ」
いたって真面目な表情でそう告げたジアンにどこかリックの面影を見て、ルカは思わず噴き出した。
「……なぜ笑う、変か?」
「いや、無愛想な感じがまた可愛いなと思っただけだ、ごめん」
ルカがくすくすと笑うと、ジアンは少し気恥ずかしそうにしてから、ふいと顔をそらした。拗ねているのか恥ずかしがっているのか微妙な表情だ。
「おいお前らぁああ!! 何楽しそうに友達してるんだよ、俺も仲間だろ!?」
勢いよく立ち上がったレスターがジアンの首に抱き着き、膝蹴りをくらって泣きながら離れ、迷惑顔のジアンと笑うルカ、涙目のレスターは連れ立って自分たちのクラスへと向かう。
C組の前を通りすぎる。
廊下で何やら大きな看板を作っている学生たちの合間から「音楽祭」という文字が見える。舞台でもするのだろうか。
B組の前を通り過ぎる。
学生たちは暗い色のカーテンを千切ったり、何やら怪しげなゲル状のボールを作ったり、気味の悪いボサボサの長髪ウィッグを作ったりしている。肝試しでもするのだろうか。
A組に差し掛かろうとした、丁度その時だった。
「だから、俺はやらないと言っているのだよ!!」
聞き覚えのある怒声が聞こえて、ルカは肩を跳ね上げた。
リックが、珍しく怒っているようだ。
「隣のクラスの転校生……随分明るくなったな」
「あーでもなんか、聞いた話じゃ陰気っていうよりキザって感じらしいぜ」
ジアンが呆れたように言い、レスターはからかうように言った。
「へ、へぇ……けっこう有名、なのか」
目立つべきではない自分とリックなのだが、どうも違うようだと再認識し、ルカは苦笑を浮かべた。
「同じ転校生なのに、ステータス全部もってかれたみたいで可哀そうだな〜お前!」
「冗談じゃない、あんな変わった奴と一緒にしないでくれ」
ケラケラと笑うレスターの後頭部を軽くはたき、ルカは冷たくそう言い放つとさっさと歩き始めた。
ライノともリックとも一緒には行動出来ないと、認識を改める。
ジアンとレスターの視線を背中に感じながら、ルカは目を細めた。
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