ch3.水辺の大怪獣 25


「いやぁ〜しっかし、デニスもいきなりだよなぁ。よりにもよって、シルヴィアが現地に行くなんて俺は思いもしなかったぜ」

夕暮れの川沿いを、奇妙な連中が歩いていた。
よく笑う茶髪の男を先頭に、黒髪の優男、燃えるように赤い髪の女、そして新緑のように鮮やかな黄緑色の長い髪を揺らす少女。

バルトロメ、アルフォンソ、アリサ、シルヴィア。デニスによってルカ達のいるオルファ学園へと追加派遣された<RED LUNA>のメンバー達だった。

「うん、ちょっとビックリだよね〜……。でも、私、ようやく皆の役に立てるかなって思うと嬉しいよ!」

「おう、その意気だぜ!」

にっこりと笑うシルヴィアとガッツポーズを取って喜ぶバルトロメに対し、アルフォンソとアリサは渋い顔だった。

「俺は反対だがな……シルヴィアは戦闘訓練を受けていない」

「アタシも同感だね、いざという時に守り切れる保証がないんだ。デニスの奴、いったいどういうつもりで……」

はぁ、と溜め息を吐くアルフォンソを横目に見て、シルヴィアは悲しそうに肩を落とし、呟いた。

「ごめんなさい、ちょっと、迷惑ですよね……」

「い、いや! シルヴィアが悪いんじゃないからな!? そもそもデニスの奴が考えも無しに命令したのが悪いと俺は思うぞ!」

慌てて首を振るアルフォンソだったが、シルヴィアは目を伏せたままだ。

「元気出せってシルヴィア! みんな最初はそうやって言われるもんだぜ、大事なのは結果だ!」

大きな手でシルヴィアの細い肩を励ますように叩き、バルトロメはニッと笑った。それを見上げて、シルヴィアは唇を引き締めると、小さく頷いた。

「アンタよりよっぽど、バルのが良い上司だねぇ」

ニヤニヤと笑うアリサにその言葉はそのままお前にも返すと小声で返したアルフォンソの顔は、ばつの悪そうな何とも言えない表情だった。

「さぁて、気合いいれてこうぜ! 任務って何すりゃいいんだ?」

上手くシルヴィアを勇気づけたバルトロメが振り返り、アルを見る。ひとつ頷き、アルフォンソは目を伏せた。

「俺たちの任務は……」

言いかけて、アルフォンソは不穏な気配を一瞬感じ、アルフォンソは周囲を見渡した。
再び誰もいないことを確認してから口を開こうとした時、アルフォンソの視線がニヤリと笑うアリサのそれと視線と一致した。

――まさか、気配はないが……敵がいるのか?

内心で呟き、口元を引き攣らせたアルフォンソに向かって、アリサは言った。

「おやおや、我らが上司様は外敵の存在にもお気付きにならないとは」

確信だった。気配に敏感なアリサが言うことであれば間違いはない。

途端、茂みから小さな物音がして、シルヴィアの背後から影が飛び上がった。
バルトロメが振り向くより速く、アリサがシルヴィアを突き飛ばして地面を転がった。シルヴィアが居た場所に飛び掛かって来た影が蹲り、瞬間、アルフォンソの蹴りが影を捉えた。
影は茂みにむかって吹き飛ばされ、バルトロメが影の両腕を拘束して地面に抑えつけた。

突き飛ばされたシルヴィアは小さく悲鳴をあげたものの、何事も無かったように土を払ってマイペースに起き上がる。アリサは珍しくも足を挫いたらしく、しかめ面で体を起こした。

「すまん、アリサ! 大丈夫か、シルヴィア」

アリサの負傷に気付いたアルフォンソが慌てて彼女に向き合うと、アリサは溜め息を吐いて首を横に振った。

「駄目だね、アタシも油断してた。シルヴィア、ケガはないね?」

「ご、ごめんね……言った側から足手まといで……! すぐ治すよ、アリサ」

駆け寄ろうとしたシルヴィアを手で牽制し、アリサはバルトロメが抑えつける影へ目を向けた。

「どこのクソ野郎だ、バル」

アリサが鋭く問うと、バルトロメは抑えつけていた影の両腕を拘束したままグイと起こした。

その影は、女だった。
薄汚れた格好をして、真っ黒な切れ布のような服装のところどころには返り血のようなシミが付いている。
そして、口元には赤いターバンを付けている。

それは、アリサにとっては非常に見覚えのある女だった。

「……アンタ、女盗賊じゃないか。スエ族の集落から、こんな所まで来たのか」

目を見開いたアリサの脳裏に、ふとあの時の記憶が蘇る。



夕暮れの森で同行したスエ族の青年……シリル。

冷笑を浮かべ、殺気を纏わせ、付いてくるなと突き放したアリサに向かって、彼はそれでもこう言った。

――女性の、一人歩きは危険ですから、と。

そう言って苦しげに微笑んだ彼を、盗賊達のところへ置き去りにした。

何故かと言われれば、自分でもそれは分からない。

女扱いされたことに苛立ったのもあるが、何より、自分の殺気に怯まなかった彼を、生意気だと思ったのだ。




彼を置き去りにしたのは男女の盗賊の前だった。
そして、女盗賊は、今、アリサの目の前に居る。

それが何を意味するのかは、アリサにはよく分かっていた。

「アンタ、彼を殺したんだね」

女盗賊に向かって無表情で語り掛けるアリサに、女盗賊は一瞬訝しげな顔を浮かべたが、すぐにハッと何かに思い至った表情になった。

「お前……あの時、の……」

次第に恐怖に引き攣った顔になった彼女は、バルトロメに拘束されたまま、ガタガタと震え始めた。

その様子を見ていたアルフォンソとバルトロメが、事情を知らないまでも、同情的な目を女盗賊に向ける。

「アリサ……お前、彼女に何をしてやったんだ?」

アルフォンソからの白い目に対して、アリサは呆れたように肩をすくめただけだった。

「知らない、私は何も知らないんだ……目が覚めたら誰もいなかった、死んだはずの私が、悪い夢でも見たみたいに……知らない、私は何も分からないんだ……ドレスを着て、踊って過ごしていたのにどうして盗賊なんかに……」

ブツブツと何かを呟き、錯乱し始めた女の様子に異常を感じたバルトロメが彼女の拘束を解いた。瞬間、彼女は奇声をあげながら頭を振り乱し、茂みの向こうに走り去って行った。

ポカンと見送ったアルフォンソとバルトロメ、首を傾げたシルヴィアの横で、アリサは眉間に皴を寄せていた。

「死んだはずの、私……まさか……」

ボソリと呟いたアリサの脳裏に浮かんだのは、最期にパイプを吹いた、バグウェル夫人の優美な姿。

もしも、彼女が後継者だったとして、あのパイプが効果を成したのだとしたら。

アリサがスエ族の村で、デニスからホワイトバッファローウーマン討伐の連絡を受けた際に聞いた例え話、「聖なるパイプの力で生きてる奴と死んでる奴の境界線を失くす事」がもしも叶ってしまっていたとしたら。

ルイドが、生き返った可能性があった。

そこまで考えて、アリサは視線を感じてバッと顔をあげた。
アルフォンソとバルトロメ、シルヴィアが、心配そうにこちらを見ていた。


「……大丈夫か?」

気遣うようにアルフォンソがアリサに声をかける。アリサは苦笑を返し、小さく謝罪の言葉を口にした。

気にしないでくれ、すまない、と。

「アリサ、すぐ治すよ!」

シルヴィアがアリサの足元で膝をつき、祈るように両手を足首にかざす。
緑と黄の混じった淡い光がシルヴィアの両手を包み込み、その力はアリサの足首に触れた。じんわりと癒えるように温まる足首に、アリサは目を伏せていた。

何か聞きたそうなアルフォンソとバルトロメの様子は分かっていたが、アリサにはどうしてもルイドとシリルの件を話したくなかった。
アリサにとってあの村での悲劇は、アルフォンソにもルカにも、出来るだけ秘密にしておきたいことだったのだ。

アルフォンソはアリサの様子を見て、彼女が何も語らないのを確認すると、アリサから視線を外してバルトロメに向き合った。

「邪魔が入ったが……俺たちの今回の任務は、R生物の討伐。そして、ライノたちの潜入任務において、情報を撹乱することだ。とりあえず急ぎの案件として、今度のオルファ学園の文化祭、バンド演奏をすることになっている」

「へー、バンド演奏ねぇ……は!?」

納得しかけて、バルトロメが勢いよく叫び、アルフォンソを見た。

「え〜!? え、演奏するの!? 私たちが!? 無理だよぉ〜……」

「おい、何考えてんだ馬鹿アル」

次いで、シルヴィアとアリサが嫌悪感を全面的に表した表情でアルフォンソを見上げ、抗議する。

それに対し、アルフォンソは小さく溜め息を吐くだけだった。

「命令だ、我らがリーダー・デニス様からのな……諦めろ」

淡々と言ったアルフォンソの背中には、ただならぬ哀愁が漂っていた。







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