ch3.水辺の大怪獣 23


ピクリと強張ったように肩を動かしたデニスに、すぐ傍でうとうととしていた白昼夢を見ていたロベルトが反応した。

「……どうかしたか」

二人が過ごしているその場所は、いつもの狭苦しいテントではなかった。真昼の白い光が差し込む薄汚れたログハウスで、簡素なベッドと棚が置いてあるだけの広い一室。

ベッドに腰掛けてじっと目を閉じていたデニスが、ロベルトの問いかけに薄く目を開いた。かと思えば、深い溜め息を吐く。

「ラムが組織以外の奴と交信したみてぇだな。そろそろ呼ぼうと思って念飛ばしてたら、すっげぇ勢いで拒絶されたぜ」

「ラムが俺たち以外と交信?それは……不可能じゃないか?」

ロベルトが首を傾げると、デニスはボリボリと頭を掻いた。

「いんや、そんなこともねぇよ。お前さんはもう知ってんだろ、ラムのテレパスは血液を媒体とするってな」

「ああ。ラムたち信号鳥と交信できるのはデニス、お前の血筋だけだったな」

「ま、自然体の生物としてはな。けど、最近は違ぇよ。俺たちの血族の変異細胞と新しく発見された細胞とを掛け合わせた、新種細胞があるだろ?」

デニスがよっこいせと呟きながらベッドから立ち上がった。そのまま窓枠に近付き、デニスは静かに窓を開ける。周囲の木々の隙間から差し込む木漏れ日に向かって立つデニスの背中を、ロベルトは眩しそうに目を細めて見つめた。

「新種細胞……やはりそれは、R細胞なのか」

「だろうな。帝国のR細胞実験を受けたグレンにアリサ、アルとルカがラムと交信できるのが良い例だぜ。ま、気になることはそれ以外にもあるけどよ」

ガサリ、外から音がした。ロベルトは不審そうに外に目を向ける。小さい青い影が見えた。瞬間、ロベルトの目が見開かれる。

「ラム……てめぇ、大丈夫かぁ?」

呟かれた自分の名前を理解したのか、ラムはフラリと窓枠に居たデニスに近寄ると、ゆっくりと瞬きをした後、くらりと倒れた。デニスの顔色が変わるのと、ロベルトが立ち上がるのは同時だった。

「ロベルト、シルヴィア呼んできやがれ!」

「ああ、すぐ戻る!」

勢いよく部屋を出たロベルトを見送り、デニスはラムの青い羽根に軽く指を添わせた。かすかに残る圧迫痕に、顔をしかめる。

ラムは、<RED LUNA>のメンバー以外とテレパスで交信した。だが、ラムとテレパス出来るのは、自分を除けばこの世界には体内にR細胞を注入されているアリサたち強化人間だけだということ。そして、小さな鳥の体に残る、力いっぱい掴まれた痛々しい形跡。

これらの事実から、デニスはライノたちを送り込んだ学園の生徒の中に、R細胞を投入された強化人間が居るのではないかと推測する。そして、それは恐らく帝国の人間であり、ラムは帝国の人間に襲われたのだろう。デニスが舌打ちをすると同時に、タイミング良くログハウスのドアが開かれた。

「ラムちゃん、ケガして帰ってきたんですか……!?」

「おう、悪いなシルヴィア。まぁ命に別状はなさそうなんだが、ちょっくら治してやってくれや」

ひどく心配そうなシルヴィアに、デニスはカラカラと笑いかける。シルヴィアの背後には神妙な面持ちのロベルトが控えている。

シルヴィアがラムに手をかざす。ふわり、黄緑色と黄色の混じりあう光の球体がシルヴィアの手の平に吸い寄せられるように浮かび上がる。見慣れた治癒魔術の光景だったが、それを見ながらデニスは唇を引き結んだ。

デニスの頭には、スエ族の事件でルカからの報告にあった、黄緑色の魔術を使う新種のR生物のことが浮かんでいた。君の悪い化け物、実験生物となった人間、失敗作のなれの果て。

「シルヴィア、お前さんも……ラムと交信できるって言ってたよな?」

「えっ、うん、そうだよ〜。ちょっと待ってね、デニスさん! 集中しなきゃ、上手く治療できなくて〜!」

デニスに答えた瞬間に微妙にブレた光の球体を慌てて修正するシルヴィアを見ながら、デニスは顔を歪めた。そんなデニスの様子をじっと見つめるロベルトも何かを察したように、瞳を伏せた。

R細胞の特徴は、鮮やかな赤色だ。その細胞を注入された人間は、どんな人間であっても髪や瞳の色が不気味なほどの赤色に染まる。

新しく表れ始めたR細胞をそれと同様と考えるなら、新種のR細胞の特徴は黄緑色だ。

――殺した失敗作はすべて黄緑色で、半分溶解しているような生物で、その中でたった一体だけが不思議な黄緑色の発光とともに、魔術らしき力を使った。

数日前、そうルカは任務についての報告を上げていた。

赤色と人間離れした身体能力の二つを従来のR細胞と定義付けるのならば、黄緑色と不思議な力……魔術らしき力が、新種のR細胞と定義付けられるのだろうか?

――もし、その仮定がほぼ満点の答えだとするならば。

そこまで考えて、デニスは目の前で青く小さな鳥を慈しみ、懸命に手当てをするかのように治癒術を使い続けるシルヴィアを見つめた。デニスの目が、すっと細まる。

シルヴィアは、海岸で倒れていた記憶喪失の少女。任務に出ていたルカとアリサが拾って、行く宛もなく、<RED LUNA>に居着いた。本人さえ定義できぬ不思議な治癒術を扱う少女。なんてことはない、ただの天然娘。人並みに笑い、人並みに好奇心があり、自然を愛し、愛する心を持つ優しいこの少女が、そうであるとは思いたくないのがデニスの心情だったのだが、受け入れざるをえない事実が目の前に転がっていた。

――シルヴィアはきっと、帝国の人間だ。

デニスは、ハッキリと確信に近い推測を抱いていた。

しかも、新種のR細胞を投与された中で、希少な成功作だったのだろう。だからラムともテレパスが出来るし、治癒魔術だって使えてしまう。そして、その希少な成功作は帝国の手を逃れ、記憶を失ったまま<RED LUNA>に留まった。それは全て、偶然だったのだろうか。恐ろしいほどの、偶然だったのだろうか。

どこまでも卑劣な帝国の研究に、デニスは腸の煮えくり返るような怒りを覚える。じわりと膨れ上がり始めたデニスの殺気を、ロベルトが牽制するようにデニスを見つめて宥めた。

デニスはロベルトの無感動な目を見つめ、ぐっと堪えた怒りを無理矢理に心臓を圧迫するほどの強さで胸に押し込めると、ポケットに手を突っ込む。一本の煙草と、ライターを取り出した。


デニスは、静かに煙草に火をつける。


吸いなれた煙の味と怒りで混ざった肺の中の息を、深く深くデニスは吐き出した。ロベルトが動いたのを、デニスは横目で見た。

「デニス、ラムがこうなってしまっては……ライノたちとどう連絡をつけるつもりだ? 近々、オルファ学園の傍で赤月が起こるんじゃなかったか」

ロベルトの疑問に、デニスはぼんやりと視線を宙に向けたまま、一つ頷いた。そうだ、ライノたちには潜入任務に集中してもらわねばならない。吸ったばかりの煙草が急に不味くなった気がして、デニスは早々に煙草を灰皿に押し付けた。

「アルとアリサ……それから、バルを呼べ」

ボソリと呟くように指示をしたデニスに、ロベルトは短く肯定の返事をして再びログハウスを出た。ふっと治療を終えたシルヴィアが一息吐いてから、ペタリと木目の床に座ったままの姿勢でデニスを仰いだ。

「デニスさん、大事なお話するなら私は出てた方がいいかな?」

こてんっと首を傾げるシルヴィアにデニスは一瞬だけ考えた後、首を横に振る。

「お前さんもそろそろ、R生物の討伐行ってみっか、補助だけでも」

デニスの一言は、驚きに目を見開いたシルヴィアの大きな瞳をすり抜けるように、ログハウスの内壁にじんと反響した。





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