ch3.水辺の大怪獣 22



ルカたちが学園に潜入してから数日の時が流れた。放課後の誰も居なくなった教室で、ジアンはじっと席に座って、黒板を眺めていた。

――最近、リアンの様子がおかしい。

帰路を共にしながら情報を交わし合うことが日常であったのに、三日前からリアンはクラスメイトの根暗そうな転入生から離れようとしない。何か警戒すべき対象であるのかと思ってこっそりと様子を伺ってはみたが、どうもリアンはクラスメイトとの日常を楽しんでいるだけのように思えてならない。

「あれだけこの任務に飽きたとか、面白くないとか言ってたくせに」

ポツリと呟き、ジアンは重い腰を上げた。一人で帰る日がこうも続くと寂しいものだ、そんなことを無表情に考えながら、ジアンは教室を後にした。窓の外からはオレンジ色の光が差し込み始めていた。

オレンジ色。暖かみのある色。残酷な血を表す赤色と、優しい希望の黄色の狭間にある、曖昧な中間色。

それはまさしく、今のジアンの心情を表す色そのものだった。

リアンという片割れを見知ったばかりの他人に取られたような気がして、吐き気のするような孤独感からくる切なさに痛み、真っ赤に腫れあがった気持ち。
それに対し、あの変わり者の弟にもようやく友人が出来たのだから喜ばしいことだという綺麗な光で飾ったような気持ち。

それらが混じって、赤でも黄でもなく、不細工なオレンジ色。灰がかったオレンジと形容しても良かったかもしれない。

そう思った瞬間、ジアンは周囲のオレンジが急に酷くつまらないものであるかのような錯覚に陥った。今、このオレンジの世界が自分のものと同一であるというのならば、なんてつまらない世界なんだろうという気さえし始める。
不完全な自分は嫌いだ。まるで、夕焼け空の下で伸びる長い長い影が、自分の隠している全ての醜悪を周囲に知らしめているかのように思えて、ジアンは眉間にシワを寄せた。早く帰ろう、そう思って歩く速度を上げる。

その時だった。煌々とした夕陽から黒い影が飛び出し、そうかと思えば次の瞬間には、その黒い影はオレンジ色の空の中では見たこともないような美しい青の両翼を羽ばたかせ、橙の世界を潜った。

ジアンは目を瞬かせた。一瞬、目を疑った。すうと透き通るように真横を通過しかけた青い鳥を認めた瞬間、ジアンは咄嗟に異様な瞬間反射を発揮して捕まえた。

通常に人体からは考えられない速度での神経伝達、一瞬のうちに伸び切った右肘のさらに先、ジアンの右手には青い鳥が静かに捕らわれていた。ピクリとも反応しない青い鳥に、ジアンは不思議そうに首を傾げた。

「……しんだ?」

その言葉に反抗するように、ピクリと僅かに体を震わせた青い鳥をジアンは興味深げに眺める。それは青と水色と紺色の混在したかのような色をしていて、しなやかな体躯と長くスラリとした尾を持つ小鳥だった。珍しい鳥だなと思ったが、ジアンは生憎、科学以外の知識には興味が薄かったために珍獣の知識など持ち合わせていなかった。

ただ、不思議な感覚に導かれるまま小鳥を掴み取ったのだ。

自分を映したようなオレンジの空を、ズカズカと土足で踏み入れられるような衝撃を受ける鮮やかな青色に苛立っただけかもしれない。何せ、気が付いたら捕まえてしまっていたのだ。

「見たこともない、鳥だな」

ふいに、ジアンは怪しいと思った。オルファ学園は確かに自然豊かな立地ではあるが、このような鳥は潜入して以降まったく見たこともなかったし、これほどの美しい鳥の話をどの生徒からも聞いたことがない。そう、この鳥にしろリアンの構築したデータベースの緻密な異常起用についても、全ては<RED LUNA>の人間、ライノが学園に来てからだ。

この鳥はまさか、<RED LUNA>に関係のある鳥ではないのか。深い思考の海に飛び込もうとしたジアンの手の中で、もう一度、ピクリと鳥が動いた。


――苦しい!


頭の中で響いた悲痛な叫び声に、ジアンは驚いて手の力を緩めた。瞬間、バサリとよれよれの翼を広げた青い鳥は、一瞬だけ恨みがましい視線をジアンに向けた後、するするとオレンジの空の遥か彼方へと飛び立った。その様子をポカンとした表情で見つめたジアンは、しばらくその場を動くことはおろか、自分の身に起きた奇想天外な出来事に考えをまとめることすら出来なかった。

「……喋っ、た?」

ポツリと零したジアンの独り言を、風に揺れる木々が優しく嘲笑う。




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