ch3.水辺の大怪獣 21




「っは、やることが人間じゃねえよ。おいリック、教えてやるっぜぇ? 人間はな、共食いなんざしねえんだよ。分かったか、この吸血鬼野郎」

頭を食いちぎられかけたことに苛立ったのか、忌々しげにそう吐き捨てるリアンに、リックは唇を噛み締める。怒りからか、それとも違う感情からなのか、震える唇を隠せないまま、リックは重い口を開いた。

「何とでも言えばいいのだよ、俺は……」

言いかけて口をつぐんだリックに、リアンは不審そうな表情を向けた。

リックの脳裏に浮かんだのは、いつものテントで酒を煽るリーダー、デニスの姿だった。リック自身が定めたリーダー。いつだって必要とされる環境。複雑な過去で苦しみながらも今を生き続ける、自分やメンバーたち。あの薄汚いテントが並ぶベースキャンプが、演算と情報で溢れるデータベースの世界は、居場所だ。

「吸血一族でも罪人でも構わない」

リアンと向き合い、リックは自分に言い聞かせるように呟いた。仲間たちと過ごす組織的安心感から来る、強気な発言だった。訝しげに首を傾げるリアンに再度、リックは宣言した。

「俺は今更、自分が何であっても構わないのだよ」

――俺は<RED LUNA>に所属する唯一人の、情報管理人なのだから。

リックは、強い決意の眼差しをリアンに向けた。

「くっ……何だよそれ、意味わっかんねぇっぜぇ?」

クツクツと腹を折って笑い始めたリアンに、リックは不機嫌そうな表情をいっそう深めた。いちいち癇に障る奴だと思いながら、リックは鋭く伸びた自身の爪を舐め上げた。その様子を興味津々といった様子で眺めるリアンに、リックは疑問を感じた。

「……何だ、先ほどまでの威勢はどこにいったのだよ」

呟くように、咎めるようにリックが言うと、リアンはぶんぶんと大袈裟に首を横に振った。

「いやだってさぁー、お前、今更自分が何であっても構わないとか言いながら、超気にしてるじゃん。それって、超面白いっぜぇ!」

「馬鹿にしているのか貴様」

苛々と言い返すリックの様子すらもリアンは楽しむかのように笑みを深める。相手の様子を見た時、リックは他人をからかうことにかけては右に出る者は居ないであろう自分の組織のリーダー、デニスを思い出した。

酒を煽りながら人をおちょくり、かと思えばリーダーとして真面目に仕事をこなし、当たり前のように仲間への配慮が利いた任務を組み……いや、そんな誉めて良いようなリーダーではないか。あれはただの酒飲み駄目親父だ。そんなことを考えながら、リックは悶々と葛藤していた。

「何ぼっちで考え事してんだよぉ、俺もまっぜっろ!」

突然リアンが飛びついてくることを察知したリックは、案の定というべきか飛びついてきたリアンをスルリと避けた。その結果、リアンは蛙の潰れたような声をあげて地面に張り付く羽目になっていた。

「全く……何を考えているのだよ」

呆れたように呟くリックの目の前で、リアンが強く打ち付けて赤くなった鼻をさすりながら起き上がった。

「お前、やっぱ人間だな。そうやってカッコつけて強がるとことか、ホンットただの人間だっぜぇ。他人と関わらないようにしてんのも、仲良くなった後に嫌悪されるのが嫌なんだろ?」

見透かしたようなリアンの言葉に、リックは冷めた目を返した。

「ふざけるな、貴様のような訳の分からない人間の基準で、俺の価値観を図られたくないのだよ」

目を細めるリックの静かな怒りには気付かないのか、リアンはうんうんと頷きながらリックの首に右手を回そうとした。が、素早くリックは身を引いたため、伸ばされたリアンの右手は空しく宙を掻いた。

「つれねぇの、俺が友達になってやるって言ってんのに」

「……貴様」

どういう訳か、ここでリックは言葉に詰まってしまった。苛立ちも消え、だからと言って敵に対して友好的な感情も持てない。なのに、目の前のこの男は自分に興味を持っている。それも、異常的に。そこまで考えてリックはふむと呟いた。

「なるほど。貴様……ストーカー趣味か?」

「は!? な、何の話だっそれぇえ!?」

ここで初めて焦ったように反応を示したリアンに、リックは思わず小さく噴き出してしまった。

「冗談なのだよ、この学園の連中はそろって頭の固い奴らばかりだ」

「いやそれはリックの冗談が下手なだけだと思う……ほらこれも冗談だって、そんな怖い顔して睨むなよぉ! ちょ、怖いから爪こっちに向けるな!」

ギャアギャアと騒ぐ二人の間に、もはや先ほどまでの深い溝は消え失せていた。





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