ch3.水辺の大怪獣 18




ルカとトビアスが交渉を決した夜、オルファ学園の男子寮で不満げなうめき声が上がった。それは、オルファ学園B組の生徒であり、帝国側の人間でもあるリアンの声だった。

――最近、<RED LUNA>の情報管理の様子がおかしい。

そんなことを考えながら、オルファ学園に用意された寮の部屋にて、リアンは中身のみが高性能に改造されたパソコンの画面と向き合いながら、難しい顔をしていた。

外は月明かり。室内を照らす薄汚れた白熱灯の中で絶えず打ち込み続けていたキーボードから、リアンは手を離した。少年の掛けている眼鏡が反射する。

「リアン、様子はどうだ?」

寮で同室である双子の兄、ジアンがリアンの背後からパソコンの画面を覗き込んできた。リアンは首を横に振る。

「プロテクトは完璧だっぜぇ。でもなー、今までみたいにエゲつない反撃(カウンター)が来ねぇんだよなー……攻撃しても普通に防御されて、それで終わり。コッチには踏み込んでこねぇの」

困ったように頭を掻きながらリアンが答えると、ジアンはリアンの顔を見、パソコンの画面を見、もう一度リアンの顔を見て口を開いた。

「<RED LUNA>の情報管理者は謎が多い。俺たちが一緒になって挑んでも勝てない程の相当な技術者だったが……攻撃してもあの手酷い仕返しが来ないことを考えると、まさか情報管理者が交代したのか?」

「どうだろうなー。でも、<RED LUNA>って一度でも組織に入ったらソイツが抜けるのは死ぬ時だけって聞いたっぜぇー?」

悩むジアンにそう答えてから、回転イスに座っているリアンが、床を蹴ってクルリと一周してから、ジアンに悪戯っぽい笑みを向けた。

「なぁジアン、ライノ先生が<RED LUNA>に関わりある人間だったとするだろ? ライノ先生がこの学校に来た頃くらいから、<RED LUNA>の情報は防戦一方だ。普通に考えたら――」

「ライノ先生が<RED LUNA>の情報管理者、か……」

ふむと頷き、ジアンは悩むようにあごに手を添えて、俯いた。

「リアン、それはあまりにも……単純すぎる」

ジアンは目を細めて、リアンの操作するパソコン画面を睨み付けた。リアンは肩をすくめて、どうでもよさそうに間抜けな欠伸を漏らす。

「だって面倒じゃんー? つぅか、俺は帝国の情報とかどうでもいいしぃ。<RED LUNA>の技術者くらいしか俺とサイバー戦やってくれないんだよなぁ……つまんね」

「金を貰って働いてるんだから、我侭ばかり言うんじゃない」

ジアンがキッパリと弟を注意すると、弟であるリアンはじとっとリアンに恨みがましい目を向けた。

「そんなこと言って、ジアンだって退屈なんだろ? 知ってるぜぇ、早く帝国領土の研究所に帰って、新しい爆弾とか作りたくてウズウズしてるくせにー」

ニヤリと笑ってジアンが口角の隙間から白い歯を見せる。ジアンはいつもの無表情をリアンに向けた後、少しだけ目を逸らした。

「否定はしない」

「肯定もしない?」

ジアンが言うのと同時に、リアンが言葉を重ねた。一瞬の沈黙が流れ、ジアンは再び口を開いた。

「まぁたしかに、退屈で仕方ない」

「だから、変化が欲しい」

再び言葉を重ねてくるリアンに、少しむっとした顔つきになったジアンは矢継ぎ早に言葉を口にした。リアンもニッと笑って、楽しそうに言葉を重ねてくる。

「何が言いたい。俺はこの任務に文句は無い」

「でも不満はあるんだろ、知ってるぜ?」

「文句も不満も同義語だ、しつこい奴だな。俺たちは金をもらって働いてるんだ、自覚しろ」

「仕事のせいで時間が無くなって、実験が出来ないのが不満なくせに〜?」

ニヤニヤと笑いながら何を言っても言い返してくるリアンに、ジアンはムッとした表情を浮かべた後、少し考えてから再び口を開いた。

「俺は仕事と私情の分別はつけられる。嫌な仕事なら早く終わらせるに限る」

「うーん……。あ、早く敵を仕留めたくて仕方ない?」

リアンが微妙な角度で首を傾げると、ジアンは無表情のままに頷いた。

「敵はライノ先生。分かっているはずなのに、どうしてトビアスは攻撃命令を出さない?」

無表情の中にもふてくされたような色を滲ませて、ジアンはそっぽを向いた。リアンは椅子から立ち上がると、ジアンの首に両手を回して兄の頭を抱きしめた。

「拗ねんなよぉ、ジアン兄さん」

「拗ねてない、俺はお前と違って私情を抑えられる人間だ」

そう不満げにうなるジアンの頭をヨシヨシと撫でながら、リアンはジアンの見えない場所で肩を震わせて笑いを堪えていた。

「ライノ先生を絞れば、<RED LUNA>の情報が掴めるはずだ。トビアスの指示がいつまでも来ないのなら、俺は動く」

そう強く言い切るジアンに少し呆れながら、リアンはようやく兄を解放した。

「動くって、いつ?」

思ったことをそのまま尋ねるリアンに、ジアンは少し考え込んだ後、まるで自分の意見を肯定するかのように頷いた。

「……文化祭。文化祭の日なら小さな騒ぎくらい起こしても、一般生徒には気付かれないだろう。きっと、奴を仕留められる」

無表情なジアンの小さな呟きが、寮の狭い室内にか細く反響した。




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