ch3.水辺の大怪獣 15





「アンタ、自分が何を言ってるのか分かってるのか?」

ルカが尋ねると、トビアスは肩を揺らした。笑っている。それも、嘲笑の色が混じった笑いだ。ルカはむっと唇をとがらせた。

「何がおかしいんだ」

「悪ぃな、てめぇが鈍感すぎて迂闊にもツボっちまったぜ。交渉成立、異論はねぇな?」

トビアスが畳み掛けるようにして放った言葉に、ルカは驚き目を丸くした。一瞬の硬直の後、ルカは慌てて口を挟む。

「ちょっと待ってくれ、何で交渉成立になるんだ。俺、一言もアンタと組むとは言ってないじゃないか」

呆れたようにルカが言うと、トビアスは口角をニヤリと上げ、目を細めた。それは、まるで悪意を含んだような笑いだった。

「はっ、だからお前は鈍感だっつってんだよ。俺の条件を聞いてすぐに否定しなかったってことは、お前には断るつもりなんてサラサラ無かったんだろうが」

「馬鹿にするな、誰がアンタみたいな人間の話なんか受けるか。それに何だその変な理屈……アンタ相当な自己中だろ」

自信満々に言ってくるトビアスに、ルカは咄嗟に不機嫌になって返した。だが、トビアスは表情を変えない。

「咄嗟の否定が意味するのはつまり、図星だぜ?」

「違う……って、別にこれも咄嗟の否定とかじゃなくて……あぁもう、もうアンタと話してると疲れる」

深い溜め息を吐くルカに、トビアスは愉快そうに笑った。その笑いは豪快であり嫌味ったらしいものでもあり、一言で言うならば、人を果てしなく不快にさせる笑い方だった。

――薄暗い森が闇に堕ちていく。

ふとそれを意識したルカは、元はと言えば自分がこの森に<RED LUNA>の伝令鳥であるラムを探しに来ていたことを思い出した。いつまでもトビアスの相手をしていられないと思う反面、トビアスが持つ兄たちと自分に関する情報を渇望していたルカは、なかなかその場から動くことが出来なかった。


動かなくなったルカを、試すようにトビアスは見ていた。その表情はニヤニヤとした笑みが張り付いたままだ。憎々しげに彼を睨み付けたルカは、視線を周囲の木々に走らせて、それから彼に戻した。

「……言っとくけど、俺はアンタに有益な情報は持ってない。持ってたとしても、渡さない」

淡々と言うルカに、トビアスはふっと笑った。急に毒の抜けたような笑みを見せたトビアスに驚いて固まるルカに、トビアスが近付いた。

「別に構いやしねえよ」

そう言いながらタバコを差し出してくるトビアスに、ルカは首を横に振った。

「……あいにく、俺は吸わない」

言うと、トビアスは意外そうな顔を浮かべた。

「おいおい、ガキじゃねえんだから吸えよ……まさか飲酒もしてねぇとか言うんじゃねえだろうな?」

ガキじゃない。そう言われたことに、ルカは違和感を感じた。ルカは不本意ながら自他共に認める童顔だ。そのせいか、年齢通りに見られることはまずない。ゆえに、トビアスのその一言には酷く驚かされた反面、嬉しくもあった。

「酒くらい飲むけどさ……アンタ、俺の年齢まで知ってるのか?」

警戒しながら聞くルカを、トビアスは馬鹿にしたように鼻で笑った。

「二十一だろ? 俺はオツムが良いんだ、記憶力じゃ俺に勝てる奴はいねぇよ。覚えてろ、猿小僧」

「覚えとくよ、知ったか野郎(スマータス)」

しれっと悪態を返したルカは、頭上に振り下ろされるトビアスの拳を避けた。トビアスは怒りに震えている。

「てめぇ涼しい顔して言いやがるぜ……あぁ? お綺麗な育ちしてやがったくせに、スラングなんざどこで覚えやがった?」

トビアスに言われて、ルカは肩をすくめた。ルカにとってはライノと夜の街やら危険地帯やらを出歩くことで身についたどうでもいい知識の一つだったのだが、予想以上に目の前の男には効果があったらしい。

「どこでって、ストーカー級に他人のことを何でも知ってるって豪語するアンタの知らないところだけど」

「口の減らねぇ小僧め」

少しばかりルカが悪戯っぽく笑ってそう言うと、トビアスは苛々と舌打ちをした。

「おい、条件を変える」

トビアスが突如として言い出した言葉に、ルカはきょとんとして彼を見上げた。視線が重なり、沈黙が流れた。黙って先を促すように、ルカはトビアスの次の言葉を待った。

「俺の持ってるモンテサント家の情報と、お前の私生活の情報を交換でどうだ」

「……は?」

トビアスの全く持って意味の分からない提案に、ルカは口をポカンと開けたままで固まった。そしてルカは次に、トビアスを得体の知れないものを見るような目でジロリと眺めた。ルカの心情を視線から読み取ったのか、トビアスはひくりと頬を引き攣らせた。

「不本意にもアルフォンソなんかに作っちまった借りのお返しだ。ボランティアっつったろ、深い意味はねぇよ」

「アンタ……アル兄に何を世話になったんだ? アル兄が本気でアンタなんか助けたのか?」

訝しげに尋ねると、トビアスは今度は長い足を突き出してルカを攻撃した。それを避けようとしたルカはしかし、予想外に頭上から振り下ろされた拳に仕留められ、両手で頭を押さえてうずくまった。

「フェイントとか卑怯だ……」

小さく呻いたルカを見て幾分か気分が晴れたのか、トビアスは長く煙草の煙を吐き出した。

「余計な詮索すんじゃねえよ。言っとくけど、お前が条件を飲まない限りは俺とお前は敵同士だからな。今すぐここで潰してやってもいいんだぜ」

トビアスがニヤリと笑みを浮かべ、ルカを見る。ルカはその笑みを見ながら、冷や汗を流した。相手の要求を受け入れなければ、トビアスとの戦闘が再開されるというなら……いや、むしろそれで構わないんじゃないだろうか。というか、敵同士なのだから、それが当然なんじゃないだろうかとルカは内心で呟いた。

「アンタもしかして、俺と戦うの避けてないか?」

ふと思いついた疑問をルカが口に出すと、トビアスはふっと表情を改めて、一気に不機嫌そうな顔になった。

「てめぇみてぇな猿野郎に、俺が怖気付いてるとでも言いてぇのか? あぁ?」

柄の悪すぎるトビアスの態度に、ルカは疲れたように溜め息を吐いた。怖気付いてる素振りは、たしかに彼には全く無い。だが、トビアスの態度は何かしらの理由でルカと戦うことを避けているような、ルカにはそんな様子に感じられた。

「……条件を、付け足したい」

ルカがゆっくりと口を開き、トビアスを見つめた。トビアスがふっと真顔になってルカを見た。しばらくお互いの視線を探り合ってから、ルカは続ける。

「これは、俺個人とアンタ個人の約束事にすること。それから、この学園に俺たちが在籍している時だけの関係にすること」

ルカが言い終わると、トビアスはタバコを地面に落とし、タバコの火を踏み消した。

「いいぜ、願ってもねぇ好条件だ」

携帯電話を取り出したトビアスにつられ、ルカも無言で携帯電話を取り出す。お互いの連絡先を交わした後、不敵に口角を薄くあげるトビアスの表情にルカが気付くことは無かった。





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