恋わずらい


「よしよし、一杯食べな。」


私は馬の世話をしている。
最初は馬が何を食べるのかさえ分からず色々と苦戦し手こずっていたが今となってはそれが嘘のようだった。助けがなくても馬小屋の掃除だって出来る。未だに「女の子にやらせる事ではない」と言って変わってくれようとする子も居るけど、戦場に行ってもらっている上こんな汚い仕事をさせるわけにはいかない。それに私はこの仕事にやりがいを感じ始めてきている。今まで気付かなかったが馬も意外と愛らしい動物なのだと改めて思えるようにもなった。


「……主。」
「んー?あ、長谷部…と光忠、どうした?」
「(…やっぱり僕はおまけか。)ほら見てよ、こんなに野菜が採れたんだ。今晩は何食べたい?」
「カレー!カレーが食べたい!」
「…ふふ。」
「む、長谷部笑ったな!私の事子供っぽいと思ったんだろ?」
「いえ…いつも凛々しい振る舞いをする貴女なのに、可愛らしいと思いまして。」
「…なっ!」


とんでもない爆弾投下だ。光忠ならすんなりと何事も無く受け流せるが予想もしなかった長谷部の口から放たれた「可愛らしい」という言葉に固まるしかなかった。きっと長谷部の事だ、素直な気持ちで言ったに違いない。嬉しいがそれよりも先に恥ずかしさが込み上げてくる。彼の隣に居る光忠でさえ驚いたのか眼帯で隠れてない金色の瞳を瞬きさせていた。


「…?どうしたのですか?」
「は、早く野菜置いてきな!光忠も固まってないで!」
「あ、ああ…行ってくるね。ほら…長谷部くん、行くよ。」
「しかし、主が。」
「いーの、いーの!」


長谷部は心配そうに固まって身動きを取らなくなった私の顔を覗き込んできた。赤く染まった頬を見られたくなかった私は咄嗟に光忠の背中を押した。
私の呼びかけに同じく固まっていた光忠がびくりと肩を揺らし我に帰ると長谷部の腕を掴んで本丸に戻っていった。長谷部の言葉を受け流したのは私の気持ちを汲み取ってくれたからだろう、後で礼をしなくては。


「ふぅ…これで一通りか。」


やっと仕事が終わった。やり慣れてきたとは言え、疲労感の蓄積が変わることはない。戦場に赴くのも大変でとんでもなく疲れるが、それとは違う疲労感を感じる。しかし、私はこうして内番で溜まる疲労感の方が好きだ。皆と楽しく話しながら仕事をする、審神者として働いている身としては日常を堪能出来る貴重な時間であるからだ。
本丸へと戻り汗をかいてベタつく肌を湯浴みでもしてさっぱりしたいと思い身支度をし浴場へ向かった。目的地に着くと先人の有無を確認せず思い切り浴場の戸を開ける。すると見知った男の姿があった。


「…審神者様?」
「………は、せべ…!」


長谷部は今から脱ごうとしていたのかジャージのファスナーを下ろしていた。ファスナーを下ろした隙間からは普段は厳重に隠されていて絶対に見る事が出来ない彼の逞しい身体が見える。細身でスラリとしているかと思いきやかなり鍛えられているように見受けられた。初めて見る長谷部の身体や筋肉に不覚にも胸を高鳴らせる自分がいた。


「す、すまない!今出るから…!」
「待って下さい。」
「な、何だ…?」
「主のそのようなお顔を誰にも見せたくありません。」


急いでその場を立ち去ろうとする私の腕を長谷部は咄嗟に掴んだ。どうしたのだろうと思い私が彼の方を振り向くと視界にはあの逞しい胸板が映る。同時に発せられた言葉に更に私の動揺が増していく。


「どうしたんだ、長谷部…おかしいぞ。」
「分かっています…今日は貴女が可愛く見えて仕方無い。何故なのかは分かりませんが今の貴女をこのまま返すわけにはいきません。燭台切辺りに見られたら、と思うと胸が苦しくて…。」


可愛いのはお前じゃないか。
私は彼の胸の中で口元を孤に描いて小さく微笑んだ。脳内ではそれが「恋」という感情だと教えるべきか考えていたがもっと目前の愛らしい長谷部を見たくて思い止まるのだった。


私も大概。
(もしかしたら心臓の音が鳴り止まない私も…。)
20150404




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