その名も美しき淑女


 俺はステファンソン。ごく一般的な男子だ。しいて違うことを言うなら、VRが好きなことかな…。
 でも俺はそんなまだVRが好きと言ってもまだまだだ。
 「いや絶対常にVRゴーグル着けてる奴なんてお前ぐらいだ」とヴィクターには言われたがそんなの序の口だと思う。
「…っ!!! おい!ふおおおおう!!」
「な、何だよ…エンジェル」
 惚気けまくっていた最中、いきなり叫び出したこいつは俺の親友の一人、エンジェル。陽キャだ。
 なんで陰キャな俺とつるんでるのか分からないが、親友だ。
「ナユタが俺を呼んだ気がする!」
「はあ…?」
 昨日、ナユタという日本人の女に一目惚れしたんだそうだ。だからさっきの惚気話もそれのことだ。
 なので寝ても覚めてもナユタという女のことで一色だ。
 残念ながら俺はそのナユタに会えていない。
 女を熱中させる側のこいつがこんなにも特定の相手に熱中するのは珍しいことである。
 凄いのはめちゃくちゃ惚気けまくるこの熱量なのに会ったのはほんの数分でタクシー降りて以降はまだ再会もできてないらしい。
 まあ飽きっぽくて気まぐれなこいつの熱意はいつまで持つんだろうなぁ。
「きっと俺を呼んでるに違いないぜ!」
「別に俺には聞こえなかったけどな…」
「俺には聞こえたから良いんだ!」
 まあこんな調子の奴だ。
 ただでさえトラブルメーカーなこいつは、昨日そのナユタの為に他のドライバー達と一悶着起こしてしまったらしい。
 なんでもビックスバイトの客を奪おうとしたとか…。
「今日はきっと、彼女が街に来るはずだ!歓迎して俺の思いを伝えないとだな!よし!今日はタクシー日和だ!転がすぜ!!」
 そう言うとこいつは停めていたビュイック・リヴィエラに飛び乗った。
「ナユタ…Uhmuuah!」
 そして…小さい袋に入れたチップにキスをした。今日何度目だったかな。
「クレイジータクシーが大好きなんだ彼女!転がしてれば会えるはず!」
「…まあ、行って来い」
「おう!行ってくるぜ!」
 そう言ってこいつは一気に車を飛ばしていった。

「ねえ、ナユタって女はどんな女なの!?」
 エンジェルのファンだという女に突っかかられた。困った。
「悪いが俺は会ったことない。ビックスバイトやミセスは会ったらしいからそっちに聞いてくれ」
「ビックスバイトに聞いたんだけどもう語りたくないって言ってたのよ!どういうことなの!?」
 俺だってどういうことだよ、それ。
 てかビックスバイトが語りたくなくてエンジェルが惚れた女ってもうどんな女なんだよ。
 長年親友してる俺すら分からない。
 周囲は俺の知らない所で急激に何かが変わってしまったらしい。
 やば、俺情弱かも。
「うう…エンジェルの運命の人って私だと思ってたのに…!」
 …。
 刺されないか心配だぞ、親友…。
 現実は怖いな。やっぱりVRの世界が一番だな、うん。
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