そりゃもうディーラーさんはびっくりした顔をしていた。
「え!!あのエンジェルが惚れたって例の女性があなただったんですか!?」
「はい!?」
なんでエンジェルの惚れた腫れたをこの人知ってるんだ!?
「今グリッターオアシス中で話題なんですよ!あのエンジェルが恋に落ちてしまったって!」
「ええええ!?」
いや、……なんでだ!? 何故そんな事になっているんだ!?
たかがタクシードライバーの恋愛事情が話題になるのか!?この街。
日本じゃただのタクシーの運ちゃんが恋愛した所で話題にすらならない。
それ程クレイジータクシードライバーのヒエラルキーが高いということか!?
「昨日初めてクレイジータクシーに乗った女性に一目惚れって……。しかし!あのエンジェルなら有り得ます!」
そう言って店員は拳を握りしめると、天を仰いだ。…なんか仰々しいなこの人。
「正直エンジェルが怖くて私、グリッターオアシスじゃない所にもう早速異動を考えておりまして…!」
こう言ってしまったら、このフェアレディは手に入らないだろう。
「グリッターオアシスじゃない所となると…ウェストコーストかスモールアップルですか?」
ウェストコーストはクレイジータクシーが発祥したとされる街。そしてスモールアップルはその次に発展したとされる東の方の街だ。
「…どっちに行くかはまだ決めてないんですけど…」
奴に追い回されると思ったらグリッターオアシスから逃げた方が良い。
…私はこの店員さんの期待を裏切ることになってしまいそうだ。このフェアレディは諦めよう…そう思った矢先。
「…ナユタさん、ならどちらにしても移動には車が必要でしょう?このフェアレディはあなたのものです。」
「…!?」
良いの!?良いのか!?私グリッターオアシスでやらないかも知れないよ!?
「どちらにしても、外国人初のクレイジーキャビーの誕生に立ち会えたのならこんな光栄なことはありませんよ。私もたまにウェストコーストやスモールアップルにタクシー乗るために遠征する時ありますから!」
「うわ、筋金入りのファンなんです?」
「ええ勿論!遠征しますから…その時にナユタさんのドライビングを楽しませてください!」
…うう…この店員さんめっちゃ良い人だっ…!!
「とりあえず私からそのことを言いふらすようなことはしません、安心して下さい!」
「ありがとうございます!」
「エンジェルとの恋の駆け引き楽しんで下さいね!」
「ぶへぇ!」
なんで恋の駆け引き!?いや関わるのも嫌なんだよあの変質者と!
「言いふらしはしないけど応援はするんですか!?」
「だってあのエンジェルが恋に狂ってるんですよ!?面白いじゃないですか!」
「面白い!?」
やっぱりこの人もクレイジーな人だ!!良い人だけど!
「エンジェルが相当なプレイボーイなのは見てましたけど、あそこまで一人の女性に首ったけになるのは初めて見ましたからねー」
あんにゃろー…ほんとなんでこんなことになったんだ!?
っていうかプレイボーイってやっぱり女遊びしてるじゃないか!エンジェルめ!ああもう!
「まあとにかく頑張ってくださいね!」
そう言って店員さんは鍵を渡してくれ、こう言ってきた。
「応援していますよ!……クレイジータクシー、期待していますからね!」
こうして、私はなんやかんやフェアレディを手に入れたのだった。
「あ、そうだ。試乗もかねて運転してってください。車庫証明もありますしね」
「え!?良いんです!?」
噂には聞いていたが即日納車できるんだ!
「あ、そうそう。ナンバープレートも申請して行ってください。」
「あ、そうですね」
そーだよ、ナンバープレートがなきゃ。
そういえば日本と比べればアメリカのナンバープレートは自由度が高いんだっけ。
「グリッターオアシスって文字数制限あります?」
「特にはないですけど、皆6文字でまとめてるキャビーが多いですね。」
そうだよね。パッと見る限り、エンジェルは602FUN、ビックスバイトさんは60500N、ミセス・ヴィーナスは475ONSと書いてあった。
「私は…」
よし、これにしよう。…ここでは約2週間後に正式なプレートができるらしい。楽しみだ。
それまでは紙プレートだ。
「もしできる前に引っ越しするとかなら言ってくださいね。引っ越し先にお送りしますから」
「ありがとうございます!」
「多分あの熱烈なエンジェルからは逃れられないと思いますけど」
「いや怖い!!」
逃れられないとか絶対に嫌だ!
その後、ディーラーさんからおすすめの自動車保険を紹介してもらった。
アメリカでは任意の保険を買う義務があるそうだ。マジか!
…私が多分最後のオーナーになるかもしれないな、このフェアレディ。とんでもない運転するつもりだし。
…それに。黄色くペイントするのだ。だってタクシーにするのだから。
ああそうだ。黄色いカラースプレーとクリアスプレーを調達しないと。
その後はエンジェル対策だ。
奴に知られない内に行動せねばなるまい…。
ディーラーさんから紹介された自動車保険の事務所に向かい、もらった車の証明書と見せて契約を結ぶ。
もうここまできたら後には引けない!やってやるんだクレイジータクシー!!
あ、ちなみに保険のプランはきちんと契約した。任意だけどね!
ちゃんと車を置くためのガレージも契約してある。…すぐ解約になるかも知れないが…。
「いやっほう!」
購入できた喜びとともに、インラインスケートをトランクに突っ込みフェアレディをガレージまでかっ飛ばした。
「早く行ってくれよー」
「黙って待ってろ!」
あの赤い悪魔とまたすれ違った。相変わらず口悪いな!もう関わらないからな!
そして、私のガレージにフェアレディが停車した。
…ついに手に入れたんだ。私のタクシーを。
「よろしくね、フェアレディ」
そう言って私はガレージのシャッターを下ろした。
…明日から忙しくなるぞー!頑張るぞっ!!