その名も美しき淑女


「ここかな…?」
 マップアプリで調べて辿り着いた中古車販売店。
 …中に入る為にスケートからスニーカーへ履き替える。
 ズラッと並ぶ中古車という中古車。
 「んー…」
 …どれにしようか。さらっとプリウスやレクサスもある。
「アメ車も良いんだけどねぇ…」
 クレイジータクシーの車はビュイック・リヴィエラやら、初代シボレー・カマロやら。なかなか年代の入った車ばかりだった。イマドキの新車でも…やれるにはやれるだろうが、何だか気が引ける。
 そんな中、突如として目に入った丸みを帯びた、赤と白のツートンカラー。
「え…?」
 ダットサン・フェアレデー1200。日本車だ。
 日産と完全統合する前のダットサンが、北米向けに左ハンドルで1960年から1962年に販売したオープンカー。
 たしか、SPL212、213合わせて約500台しか存在しない筈だ。
 なんでこんな所に?
 …希少な車だ、高いだろうなぁ…。そもそも乗れる状態で1960年代の車が残っているのが凄い。
 そう思いながら値札を見る。
 …え?こんなに貴重なのに…安くないか!?いや、もしかしてこれは『プレミア価格』という奴では……!?
「欲しいんですか?」
「え!?」
 ハッとして顔を上げると、目の前には髪の長い男の人が立っていた。
 ここのディーラーさんだろうか?男の人はにっこりと微笑みながら私に向かって話しかけてきた。
「こんにちは、可愛らしいお客様」
「こ、こんにちは……!」
 慌てて挨拶を返すと、彼はにこりと微笑み返した。そしてそのまま車の前へと歩いていき、私に説明し始めた。
「こちらは1960年代のダットサン・フェアレデー1200ですね。SPL213の方です。希少価値が高い上に状態も良いものですよ」
 この個体は北米向けのダットサン・フェアレデーの中でも4ドアの方。2ドアや3ドアに比べて数が少なく、マニアの間では高値で取引されていると聞いているが…。
 そんな貴重な車が、なんでこんな所にあるんだ?しかもこんな状態で…。
「どうしてこの車がここに?」
「あー、このフェアレディ。今まで8人のオーナーがおりましてね。流れ流れ着いてここに来た感じですね。まあそういう事もあってかなりお安くしていますよ」
「あ、そういう理由なんだ……」
 なるほどな。8人もオーナーが居たらそりゃあ多少は安くなるよね。
 8人も乗った中古車。それでも8人もの人が求めた価値もあると言える。
 …これは運命の出会いだ。8人なんて関係あるか!
 そうだ!このフェアレディだ!このフェアレディが私にクレイジータクシーをしろと呼んでいる!!
「これ!これ買わして下さい!」
「え?」
 私がそう言うと、店員さんは驚いた顔をして私を見た。
「これ売って下さい!」
「本気ですか!?」
「小切手も用意してます!」
「用意が良いですね!?」
「私、まさか1960年代の日本車に出会えるなんて思いもよらなかった…!この機を逃したくないんです!」
 思うままに伝えてしまった。
「…失礼ですが、お客様はどのような用途で使われるつもりで…?」
 き、聞かれたー!…どうすれば良い。
 …クレイジータクシーを、日本車でやるなんて恐らく前例がない。
 確認する限り皆アメ車だった。
 クレイジータクシーで日本車でやるなんて、…そんな事が出来るのだろうか?
「見た所海外の方なようですが…こちらでの免許はお持ちですか?」
「あ!国際免許証発行してもらってます!」
 国際免許証を店員さんに見せる。
「ナユタさん…ですか。国籍は日本で…え、20歳…」
 マジマジと見つめられて言われる。
 年齢のこと言われたよやっぱりな!!
 いや、出来る出来ないの問題じゃない。やりたいからやるだけだ! 私は覚悟を決めてこう言った。
「その、私…クレイジータクシーをやろうと思いまして!」
「!?クレイジータクシーを…!?」
 店員さんが驚いたように目を見開いた。そりゃそうだ、一介の外国人がいきなり街の名物をやりたいと言い出したらびっくりだろう。
「…渡米してまでクレイジータクシーをやりたいという方は、恐らく初めて見ましたね…。日本人どころか外国人としても初です。
恐らくクレイジータクシーの発祥の地であるウェストコーストにもいないでしょう。」
 やっぱりか、やっぱりいないのか…!
 …しまった、ちょっと張り切りすぎてしまったかもしれない。
 いない、と言われてその重さがのしかかる。
 …でも言ってしまった。後にはもう引けない。日本にだって帰れないのだ。こうなったらもう覚悟を決めるべきなのだ。
 私は改めて店員さんにお願いした。
「クレイジータクシーをやりたいんです!日本でのスタントドライバーの仕事も辞めてここに来まして」
「あ、ちゃんと経験あるんですね?」
「はい!んで後にも引けなくて…。このフェアレディ、売ってくれませんか…?」
 私がそう言うと、店員さんは腕を組んで考え始めた。
 そしてしばらく経った後、彼はこう言った。
「……分かりました」
「!」
 …え!?マジで!?本当に売ってくれるの? 驚いて声が出ない私に向かって、彼は言った。
「…日本からアメリカまで来てクレイジータクシーをやりたいという人が存在していたとは。
良いですね!これはクレイジーですよ!」
 店員さんは興奮気味にそう言うと、フェアレディのトランクを開けた。そして私に鍵とキーホルダーを渡すと言った。
「これは私からの餞別です!是非このフェアレディでクレイジーなタクシーを楽しんで下さい!この街の皆はクレイジータクシーが大好きですから!」
 え!?良いのか!?ほんとに良いのか!?私受け取ったらもう離さないからな!?
「あ、ありがとうございます!」
 私がそう言うと、店員さんはにっこりと微笑んでこう言った。
「こちらこそ感謝したいですよ!!
日本人どころか外国人初のクレイジータクシードライバーの誕生に立ち会えるなんて夢みたいですよ!」
 そして彼は私の手を握りながら続けて言った。…うん、手を握るのはデフォかな!?エンジェルと言い!
「これからのグリッターオアシスが楽しみです!頑張ってくださいね!」
 …は!!忘れてた…私、もしかしたらグリッターオアシスではできないかも知れないんだった…!
 全部あの悪魔のせいでこんちくしょう!
「…あ…あの…!」
「はい?どうしました?」
「…そ、その…まだ、私がクレイジータクシーをやるって事は…内緒にしてもらえますか…?」
「え!?どうしてです!?」
「…グリッターオアシスのドライバーとトラブってまして…」
 そりゃ本来ならこの街の人達にとっては新たなドライバーが誕生することは歓迎してくれることだろう。
 でも今私は大問題を抱えてしまっているのだ。
 そうだよ!あの天使と言う名の悪魔、エンジェルだよ!!
 とんでも勘違い野郎だ!ストーカー化されたら困る!それにクレイジータクシーをやるってバレたら絶対に付き纏われる!アイツならやる。間違いなくやる。
「クレイジータクシーご存知なら、エンジェルは知ってますか?」
 私は店員さんに言った。
「はい!彼は有名なキャビーですよ!若干18歳ながら抜群のドライビングテクニックで本当に素晴らしいキャビーですよ!」
 知ってるか!知ってるよなこの人もクレイジータクシー大好きなのは確定だし!まあ奴のドライビングテクニックが抜群なのは間違いない。
「彼がどうかしたのですか?」
「実は…」
 ディーラーさんに昨日のエンジェルとの出会いから現在至るまでのことを説明した。
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