その名も美しき淑女


 スーツケースの中を開け、着替えや日用品などを取り出す。
「後は炊飯器よね〜…」
 なんとか炊飯器を手に入れたい。象○がアメリカの電圧に対応した炊飯器を売っていたはずだ。
「…稼げるようになってからが良いかなぁ…」
 日本にいた時代に稼いだ貯金は有限だ。
 …クレイジータクシーをするに辺り、車を手に入れなければならない。
 …日本で使っていた車は置いてきてしまった。
 本当は持っていきたかったのだが、日本は右ハンドルなのに対しアメリカは左ハンドル。
 その上、クレイジータクシーの車は殆どがオープンカーだ。
 となると、普通に現地で左ハンドルのオープンカーを探した方がいい。
 クレイジータクシーの車は中古車で全然OKなようなので、中古車販売店へ赴きたい。
 …ついでに今私は無職扱いだ。雇用証明書がないのでローンは通らない。
 アメリカでの銀行口座は開設した。某銀行に日本にいながらもアメリカに口座を作れるシステムがあったのでこれを有効利用した。
 おかげでアメリカで着いて手に入る長期滞在者のソーシャルセキュリティーナンバーなるものを持っていなければすぐ口座を作れない問題は解決した。
 銀行に小切手を発行してもらえば文句を言わせず車が買えるはずだ。
 さてどんな車があるだろうか…。
 今は中古車販売店のサイトで決めてから買いに行くのが多いようだが、というか外国からアメリカへ、となるとやはりそれが普通なんだと思うが、残念ながらネットのラインナップではピンと来る車がなかったのだ…。
 現地で現物を見て決めることにした、というか早いとこ決めないと生活ができない。
 クレイジータクシーの車が全てアメ車なのは確認済みだ。
 …しかしアメ車でやらねばならない決まりでもあるのだろうか?
 …うむー…。アメ車以外でも大丈夫かな…?

 渡米前、免許センターにて国外運転免許証を発行してもらった。
 これですぐ運転ができるし、少なくとも1年間はアメリカで有効だ。ジュネーブ条約があって良かった。
 でも、私はこれを生涯の仕事にしたい。いずれ正式にアメリカの運転免許証が必要となるだろう。
 それに、ビザでは限界がある。
 更新するには就労を認めてもらわないといけないし、生涯の仕事にするなら永住権を獲得しなければならない。
 私ができうるのは、アメリカへの投資、もしくは自己の才能と能力…。条件を満たせばできると聞いた。
 …結婚だけはない!絶対あいつ永住権を盾に結婚を迫ってくる!!
「さて…はぁ」
 取り出した服を見比べる。…このピンク迷彩柄のシャツはしばらく着れなくなってしまった…。
 確実にエンジェルはこれを私の目印にしているはずだ…。くそぉ、お気に入りなのに。
 悔しくもハンガーに迷彩柄Tシャツをかけてクローゼットに封印した。勿論サンバイザーもだ。
「パーカー被るって…うう、モサモサする」
 それでもバレるよりマシだ。
 ロングのジーンズに、目深のパーカー。…ヨーヨーを思い出した。
 …髪型も変えるか。
 ブラシを通して、髪を二つに分ける。二つ結びだ。
 …簡単だけど、バレないよね…!?
 パッと見が分かり辛ければ多分分からないはずだ!
 まあ日本人かどうかなんて簡単に分かるまい。大体中国人も韓国人も日本人も同じアジア顔だしな!
「…さて…」
 外に出よう。
 マンションの玄関へ向かい、ドアを開ける。
 …いなかった。良かった。
 もう早速部屋まで知られたとなったら私はもうさらなる逃避行を決行する他ない。
「さーて…」
 スマホに中古車ショップの地図を映す。
 グリッターオアシスの少し郊外にあるようだ。
 …距離が少しあるな。
 アメリカはちょっとしたことでもタクシーを使いまくると聞いた。結構建物と建物の距離があるからだ!
 その気持ちは分からなくもない。だって群馬はマジで車がないと生活できないからな!特に田舎!私の実家マジで田舎だからな!
 まあちょっとしたことでもタクシー使われるならそりゃクレイジータクシーは儲かるだろうよ。
 …でも今は節約したい!できる限り!
「…そうだ…!」
 持ってきてといて良かった!というかよく持ってきてた私!
 ネチリウム単ゼロ電池使用のオーバードライブ磁気モーター式スケートシューズ!インラインだ。
 これでシブヤを滑走してたことを思い出す。GGの皆元気かな。
 ちょうどヨーヨーを思い出して良かった。ウソばっかつくが役に立ったなヨーヨー。 インラインを履く。
「よいしょっと…」
 普通の靴も一応持とう。店の中でインラインでは迷惑だ。
 荷物は増えるが、移動の利便さと背に腹は代えられない。
 多分道交法違反だが、道交法違反しまくりのクレイジータクシーがまかり通っているのだからインラインで爆走ぐらい問題ないだろう。
 さて、今度こそ外へ出るぞ!
 もう一度鍵をかけ、階段を降りた。

───

 インラインで道を滑走する。そうだそうだ、この感覚。
 流石に人は避けておく。…と思ったらあっちが即刻回避してきたよ!
「失礼!」
 そう声はかけておいた。
 思えばシブヤも一般の人の回避スキル高かったんだよな…。
 シブヤでなら案外クレイジータクシーができるかも知れない。オニシマ警部に蜂の巣にされるかも知れんが。
 ビート達は平気で一般の人の所に突っ込んでいってたんだよな…。
 私がかなり躊躇して大回りしていたらコーンに呆れられた記憶がある。
 「ルーディーズになるには良い子ちゃん過ぎねーか?イナカ者だからか?」なんて言いやがったの忘れてないからね天才コーン様よ!覚えてろっ!
 なんて考えていると…
「なあ、あっちの方が早く行けないか?」
「やだね!後部座席のドライバーめ!」
 !
 某伝説の兵士みたいなビックリマークが出た感じの衝撃が走る。
 エンジェルだ!!まずい!!
 私は慌ててふと見えた路地裏に滑った。
「Oh…!」
「何あれ、変な服!」
 ごめんよ一般の人!でも変な服って何だよ変な服って!ただのパーカーだよ!
 危ない危ない。とっさに路地裏に入ったから良かったものの…。
 ふと気づくと、エンジェルの車は道をそのまま突っ走って行き見えなくなった。良かった…。
 しかしあいつ口悪いな!backseat driverとか明らか悪口だ。
 あいつ滑舌良いから何言ってるか分かりやすいんだよな…。変態発言もより分かりやすいのは困った。
 ビュイック・リヴィエラが去って行く気配を確認し、私は路地裏を出た。
「あービックリした…」
 そう呟き、私は大通りに出たのだった…。
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