ビックスバイトの受難


「お前事実無根なこと騒ぎ立てやがって!名誉毀損で訴えるぞ!」
「訴えてみやがれ!」
「それじゃあスラッシュに連絡する!」
「!」
 東の方…スモールアップルで活動している奴の幼馴染の名前を出す。
 顔を合わせたことは何度かあったが、一寸どこか病的な狂気を抱えるあの男には、能天気なこいつも流石に逆らえないようだ。
「お前が客に一目惚れだとか抜かして付きまとい行為をして迷惑をかけていると伝える!」
 これでこいつも流石に引き下がるか、と思ったのだが…
「なら…やれよ!」
「な!?」
「俺はスラッシュに半殺しにされようが、ナユのことを諦めはしねぇっ!」
「いやちょっと待て!たった今日会ったばかりの相手だろう!そんな相手の為に殴られても良いのか!」
「構わねぇよ!!」
 まさかこう言ってくるとは思わなかった。
 これで引き下がらないとなると切り札がなくなってしまった。
 どうしたものか…。

「はい!もう二人共よし!」
 膠着してしまった中、俺とエンジェルの間にミセスヴィーナスが割って入ってきた。
「ビックスバイトはその娘のエンジェルに会いたくないって希望を聞いてあげたい、でもエンジェルはその娘にビックスバイトが近付かれたら困る…

それじゃあこの荷物、私に預けてちょうだい。私が届けてあげるわ」
「ミセス…」
 天の助けかと思った。良かったミセスがいる状況で。
 グリッターオアシスで最初にクレイジータクシーを始めたこのミセスヴィーナスに、ザックスもエンジェルも流石に逆らわない。
 …ただ、俺は別にナユタに惚れてはいない…。
「まあただ届けるならザックスでも良いけどね」
「面倒なことは断る」
「ザックスはだめだ!ナユに惚れちまったら困る!」
「惚れるかボケ」
「それにちょっと、エンジェル坊やをそこまで夢中にさせちゃう娘って、どんな娘か気になっちゃうわ〜♪」
「お!そうかよミセス!もうさー、大人しそうな癖してすっごく刺激的なことが好きらしくてさー♪」
 まあ確かにびっくりしつつめちゃくちゃ喜んではいたな。大人しそうな奴だと思っていたからそこは意外だった。
「とりあえずミセス、ナユタのいる場所は…」
 ミセスに居住区のエリアであることをこっそり教えた。しかし。
「あ、そうだ。住所は教えてもらってるし後で居住区のエリアに迎えに行けば良いか!俺天才じゃん!」
 最悪だ。こいつナユタの住所知ってた…。

「あ!そーだミセス待ってくれよ!」
「どうしたの?」
「ナユに俺の思いが届きますようにって…」
 なんとそう言ってこいつは。
「smack♡」
 ナユタのスーツケースにリップ音を立ててキスをしたのであった。
「ひぃ…!」
 俺は声を上げてしまったが、驚いたことにザックスも同じような悲鳴を上げていた。
 …普段この男と気が合うことはなかったのになんてことだ…!
「…ナユタには黙っておくわね?」
 そうだなミセスそうしてくれ。私物に勝手にキスされたなんて知ったら俺ならショックで気絶する。
 ミセスは2ドアピックアップトラックのトランクにナユタのスーツケースを詰み、運転席へ乗った。
「それじゃあミセス、彼女に伝言頼むわ。」
 何を伝えたいんだお前。スーツケースにキスしときましたとかは止めろ、絶対に。
「…俺の気持ちはいつでもナユの好きなようにしてくれって…」
 それはそれで気持ち悪っ…。うっとりとしながら言うこいつに鳥肌が立った。ていうかナユタが拒絶してるのに好きなようにも出来てないだろ。
 ザックスもドン引きした顔をしている。
「…こいつをこんなにも狂わせる女ってどんな奴なんだよ…」
 …。多分当人もこうなるとは思ってなかったと思う…。

「いいわよ!じゃあ伝えておくわ!」
 伝えるんかい。
「でもエンジェル、いい返事が返ってこなかったからってしつこくしないのよ?」
「大丈夫だよ!きっとナユは照れてるだけだって!」
 ミセスの言ってること聞いてんのかお前…。
「エンジェル〜。戻ってきたらそのことについて話し合いましょうね?ナユタのことを迎えに行く件についてもね!」
 暴走状態のこいつには流石に説教がいると、いつも寛容なミセスも判断せざるを得ないようだ。
「それじゃ行ってくるわね!」
 
「はあ…」
 走っていく2ドアピックアップトラックを見送りながら、小さいジップロックに入れられた金をエンジェルは見つめていた。
 あれ、まさかナユタがあの時渡したチップか?
「きっと結ばれる日は近いよなナユタ?愛してるぜ…」
 何度もリップ音を立ててエンジェルはキスをしていた。
「俺達はホラーよりもやべぇもん見せられてんな…」
 ザックスが言う事にとてつもなく同意できる。普段気が合わないザックスと同意見になること自体異常極まりない…。
 青褪めたこの男の顔なんて、滅多に見ることのできないものだと思う。
 とりあえずグリッターオアシスにとんでもない嵐が起きてしまったことだけは確信した。逃げたい。避難したい。
 
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