「ビックスバイトさんも運転凄いですねー」
「…まあな」
「でもどうしてクレイジータクシーなんて始めたんですか、あのアホより感覚全然まともなのに」
「…お前随分色々聞いてくるな…」
なんかバックミラー越しに訝しげに見られてしまった。
やばっ、機嫌損ねた!?
「あっ、ごめんなさい、失礼でしたね!」
「…プロのレーサーやってた。」
「え!レーサー!?」
しかもプロかよ!なんでプロのレーサーがクレイジータクシーに!?
…いや、もう聞くのよすか。あんまり聞いてほしくなさそうだ。
「通りで良い腕な訳…ですね。」
とりあえず後ろを直接見る。とりあえずあの悪魔は撒けたらしい。
…そろそろ良いだろう。
「ビックスバイトさん、それじゃ目的地を…」
「どこだ?」
──────
「…着いたぞ。」
あの街から少し離れた本来の目的地。
閑静なアパートだった。
「ありがとうございます!」
初代シボレー・カマロから降り、アパートを見上げる。
ここが私の新たな住処になるのだ!…といいなー。
早くも奴のせいで『引っ越し』という言葉が過ぎりまくっている。
ひとまず部屋に行こう…。
…そう言えば荷物がやけに軽いな。
…あれ?何か忘れているような。あれ?
…あっ…
「ああああああああっ!!!!!」
「っ!?」
スーツケース!あの悪魔のトランクの中に!!
入れっぱなしのままだぁぁぁぁぁ!!
「お、おい!?どうしたいきなり叫んで!?」
大慌てでビックスバイトさんが呼び掛けてくる。
周りの少ない人達も何事かとこっちを見ていた。
やばいやばい、叫んでしまった…恥ずかしい!
でも叫びたくもなる!!
「どどど、どうしよう…!あいつのトランクの中に…!スーツケース入れたまんまだぁぁぁぁぁ…!!」
「なん…だと…!」
やってしまった。痛恨のミスだ。一刻でも奴から離れたいというのに!
『どうしよう…マジでどうしよう…』
ずううううん…ともう暗い気分でいるしかない。
英語ではなく日本語でぼやいてしまった。
「ずびっ、ぐずっ…うううあう…」
もう泣きたくなってきた。20歳にもなって泣くとか恥ずかしい。
「…お、おい、ナユって言ったか」
ビックスバイトさんの声が聞こえた。そういえばあいつナユナユ言いまくってたな。
「ずび…ナユタです…」
「ナユタ?ナユじゃないのか?」
「ナユってあいつが勝手に呼んできたんですよ〜」
私の名前は英語圏には発音しにくい名前なのかもしれない。よく分からんが。
「とりあえずスーツケースがなかったら問題だよな…。」
「ううう…どうしよう…もう諦めて突貫でこの辺のマートで買っちゃった方がいいですかね…」
「荷物を諦めるのか!?」
「だってそれぐらい会いたくなーい…うう…」
勘違い野郎という奴がどれほど怖いかを体感してしまった。
どんなに違うと言っても聞いてくれないし、一瞬の内にいきなりキスを迫られて結婚させられそうになったのはかなりの恐怖だ。
「…仕方ない、俺が取ってきてやる。」
「! ! !」
天の声としか思えないビックスバイトさんの言葉。
「うわぁぁぁぁぁ!!良いんですかぁぁぁぁぁ!!あんたは救世主だっ!!」
「声がデカい!」
「うああっ、すいませんっ!」
「スーツケースの特徴は?」
「あっ!ピンク色のです!!」
「分かった。…さてどうしたものか…」
ビックスバイトさんは重い溜め息をつきながら、前に向き直った。
「…大分強情な奴だからなエンジェルは…。
取り返すの失敗したらもう諦めろ。」
「…えええええ!」
諦めろって簡単に言わないでよビックスバイトさん!!
「諦めろってのは荷物を、じゃなくてあいつに遭遇しないことをだ」
「いや分かってますよ!分かってますけど!」
荷物はどちらにしても返ってくるのだろう。ただあの悪魔が運んで来たらもうその時点で私の人生終了確定だ。
…いやそれ凄く嫌なんだけど!?
「あいつに目を付けられたことは哀れに思うが…とりあえず覚悟は決めとけ。」
いやどう覚悟を決めればいいの!?
そう思ってる内に初代シボレー・カマロは飛んでいった。
…私の人生でこのテンプレ発言をするとは露とも思ったことがなかった…。
一体私のクレタク人生、これからどうなっちゃうのぉぉぉぉぉぉぉ!?