天使という名の悪魔


「ああ…来たよ、来たよこの辺り…!」

 高級ホテルのパックス・ロマーナとナイアガラの辺り。
 まだ朝だから人はまばらだけど、夜になると人がいっぱいなんだろうなぁ。

 ボーッとしていたら、聞こえてくる轟音。
 ブォーン…
「うおおっ!」
 思わず身構えた。飛行機がスレスレで飛んで行く。
 …やっぱり日本じゃない所だ!
 旅行じゃない。これから住むんだ。
 だ、大丈夫かな…いや、帰らんと決めたじゃない私っ!
 勇気を出せ!

 そう思って顔を上げた瞬間。
「んん…?ハッ!」
 視界に現れた白黒チェックに黄色いビュイック・リヴィエラ。

 響き渡るブレーキ音を放ち、止まる車体。
「ありがと!あんた良いドライバーね!」
「次もっとスゲー技見せるぜ!じゃ!」
 後部座席から人が降りていく。
 …クレイジー…タクシー…?え、もう遭遇?
 うわあああああクレイジータクシーじゃん生じゃんんんっ!
 …は!こうしちゃいられん!呼ばねば!あの言葉を!!

「…へ、Hey!Taxi!」
 こう言えば良いのよね!?
 そう言えばビュイック・リヴィエラの主はこちらを見た。

「乗れよー!」

 ふと目が合う。
 目が痛くなる程真っ赤な髪。それと対照的に青い瞳。
 その瞳はとてつもなくギラギラしている。
 …で、タトゥーを入れた上半身裸。

「(ろ、露出狂だっ…!)」
 流石アメリカ。男の露出度が凄い。

「おーい」
「…」
「おーい!」
『ひゃ、ひゃいっ!?』
 勉強してたとは言え百聞は一見にしかず。カルチャーショックを受けていた私は現実に引き戻された。
 ひゃいって言っちゃったよなんなんだこれ。
「どこ行く?乗れよ!」
「い、良いんですか!?」
 目の前にいるアジア人とは明らかに違う、つなぎを腰巻にした白人系の青年。
 あーヤバい。本物だよ。本物のクレタクドライバーじゃん…
 勢いでサインせがんじゃいそう。
「そっちが呼んだんじゃん!遠慮すんなよ!」
「それではお言葉に甘えて…あ、トランク借りて良いですか?」
「お、良いぜ。俺の荷物多いけど」

 トランクを開ける。
 …遠慮なしに入れられているインラインスケートとスケボー。
 うおおおお、流石クレタクドライバー!
 タクシーだっつーのにトランクが私物だらけだ!
 ってかインラインスケート…うっ、頭がっ…

「…おーい、大丈夫かー?」
 再び現実に引き戻されて目に入る露出狂。慌ててトランクを閉める。
「い、いえ。大丈夫です」
「調子悪いなら病院連れてくぜ?旅行なら良くある事だしな!」
「あ、旅行じゃなくて…住むんです」
「住むの!?そんなんで住めるのか!?」
 早速言われたぁ!
 くっ、クレタク始めるんですなんて言ったら「出来るのか!?」とか言われそう。
 だが突っかかるのはよそう。今後この地でやってくのに同業者と諍いは起こしたくない。
 仲良くやってきたいしね。それもアメリカ的な考えではないだろうけど。

「す、住むんです…長年の夢が…あるからっ」
「ん?夢?そーかぁ、頑張れよお嬢さん」
「は、はいっ…」
「困った事があったら言ってくれ!」
 なんだ…頭軽そうなパリピさんかと思いきや、良い人そうだ…。
「じゃ、何処まで?」
「あ、ここまでお願いしたいんだけれど…分かる?」
 目的地の紙を見せる。そこは…契約したマンション。
 少し郊外、都会と観光地の境目辺り。
 だが手頃な値段だったのだ。
「おー行ける行ける。おっしゃ楽しもうぜ!」
「おおう!」
 早速彼はアクセルを踏んだ。
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