Visibile ferita

 海の底に沈めた秘密




「……ん、」
冷たい感触を感じて目が覚める。
目の前には岩や石が転がっており、視線だけを動かして周囲の様子を窺えばどこかの洞窟のようだった。

じゃり、足音が響く。
いきなり聞こえた音に身を固くしたフィアだったが、どうやら誰かが出て行ったようだった。人がいるのだろうか。
敵意や殺意といったものを感じないことを考えれば、ここはそんなに危険な場所でもないらしい。
現状をしっかりと確認しよう。そう思い立ち身を起こそうと腕に力を入れる。しかしそれよりも早く、焦ったように出ていく音が続いた。


足音が遠ざかったのを見計らってフィアは身を起こす。周囲を見ればお馴染みの面子が揃って転がっていた。
カイル、リアラ。少し離れた場所にロニとナナリーも倒れている。


「……あれ?」
思わず声が漏れた。ジューダスとルナがいない。
少なくともここにいる五人は皆、怪我もなく無事のように見える。ということは、リアラが力を使って安全な場所へ飛ばしてくれたと考えるのが妥当だろう。それならばはぐれたとは考えにくい。

先程出て行った足音を思い出す。先に一人、後にもう一人のように聞こえた。
おそらく先に出て行ったのがルナで、後から走って行ったのがジューダスだろう。ルナは眠っている人間が起きるかもしれない状況で、荒々しく足音を立てたりするような無粋な男ではないはずだ。

反対にジューダスは神経質の塊だった。余裕綽々に見えてもロニの冗談に分かりやすく怒りを見せたり、甘いもの(どうやら甘党のようだ)を食べる時は静かになるなど、意外にも子供っぽくわかりやすい面があった。その点ルナは冗談もするりと受け流してしまうし、食べ物を食べる時もいつでも静かに、かつ美味しそうに食べている。

見知らぬ場所に来ての反応や足音にもそれは反映されているだろう。以上のことを踏まえて、フィアは足音の特定をしたのであった。



(ジューダスにルナ……ねえ。)
洞窟といっても、少し歩けばすぐに外に出られるだろう。薄ら見える向こう側には青色が穏やかに揺れている。海沿いにある洞窟のようだった。
足音が去って行った方向を見つめ、フィアは唇に指を押し付けた。



(なんか…秘密の話でもしてるのかな?)
彼らには共通点があった。


まずひとつ。素性の知れない男であるということ。
これは彼らが本来持っている雰囲気も相まってそう感じるのだろうが、とにかくこの二人は得体のしれない人間だった。

ふたつ。それぞれ何かの強い意志を持ってこの旅に同行しているということ。
ミステリアスなジューダスに掴みどころのないルナ。行動こそ底の知れない彼らだが、その実二人の瞳は強い決意を秘めている。
それは旅を共にしてきて、フィアが気付いたことでもあった。

そしてみっつ。彼らはお互いに干渉し合わない。
これが一番気になっていることだった。二人とも性質こそ違えど、性格というか性根というか…そういった内面的な部分は近いものがある。
ジューダスは無表情で切り捨てる、ルナは笑顔で包み隠す。どちらも他者と付き合いをする時に線を引いている人間がする行動だ。

頭の切れる人間だが、信用ならない。それは何故か? こいつは他人との間に線を引いている。つまり、線を引いて付き合わなければならない何かを隠しているからだ。何を隠している? 疚しいことだから隠しているのではないのだろうか。
…そう考えるのは人間として、至極自然な考え方のはずだ。フィアはなおも考える。


(俺がもし、何か隠している立場でこのパーティに加入したとする。そしたら、あの二人はたぶん…一番最初に警戒する。)
二人は各々非常に頭の切れる人間である。そんな彼らが自分と似たような性質を持つ者(つまりお互いのことだ)と共に旅をする時、何故相手のことを疑ってかからないのかが疑問だった。
彼らほどの策士ならば、カイルたちにわからないように自然な会話に織り交ぜながら、相手の腹の内を探ることくらい朝飯前だろう。

(…っていうか実は最初、二人のこと結構怪しいと思ってたんだよね。)
しかし、そのようなことをしているような場面にも遭遇しなかった。フィアが聞き逃していただけということも考えられるが、彼らの動向を常に遠目から窺っていた身から言わせてもらえばそれはあり得ない。

(まあ俺は別に記憶戻ればいいし、ってことで干渉することもしなかったけど…)
……というかそもそもルナとジューダスはロクに会話という会話をしていない。していたとしても本当に二、三回言葉を交わす程度のものだ(元々ジューダスが、口数の少ない男なのも大いに関係しているだろうが)。
ルナとの会話回数だけを言えばフィアやカイルの方が多いくらいだ。

会話することの方が珍しい二人が、みんなから離れたところでなんの話をするのだろうか。
湧き立って来る好奇心。それを止める術を知らない(否、知っていたところで止めるつもりもない)フィアは、足音を忍ばせて彼らの向かった方向へと歩く。


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