初めまして、さようなら 錫也くん酷い人注意。 昔から、そうだった。 俺には感情の種類が少ない。 笑う、泣く、怒る、悲しい、寂しい、嬉しい…俺にはそういうものがなかった。 成長につれて怒ることはできるようになった。 ただそれは、めんどくさいからだった。 月子や哉太とは幼馴染みだが、守りたいとか思ったことはない。 ただ、世の中を上手く進めるためにはそれが必要だった。 だから俺は、上辺だけの人間関係を作り始めた。 小さい頃からただ笑って、友好関係を保った。 月子や哉太は親が仲良かっただけではなく、扱いやすかったから一緒に過ごしていた。 「錫也、あのね!」 「ん、どうしたんだ?」 ああ、今日もまたこの幼馴染みのお守りをしなければならない。 何で女子が一人しかいない学園なんかに入学したんだ。 長い麻色の髪を揺らしながら、月子が俺に話し掛けてきた。 「じ、実はね…!」 「…転校生のことか?」 「!そう、転校生がくるの!しかも女の子!!」 話が順調に毎回進んでくれなくて苛々するから、今日は言ってやった。 何時もならば月子が言うまでは待ってやるのだが、今はそれどころではなかった。 「楽しみだなぁ…どんな子がくるんだろ」 「大丈夫だよ、月子なら仲良くなれるよ」 今月子が話した転校生と月子は、きっと仲良くなるだろう。月子が仲良くなるということは、必然的に俺も仲良くなるということだ。 全くもって面倒くさい。 今まで順調に生活を進めていたのに、この部外者の登場なんかで崩されるものか。 だから、この転校生がどんな奴なのかとか、独自に調べて面倒なことにならないようにしなければならない。 「何だぁ?嬉しいことでもあったのか?」 「哉太!実はね、転校生がくるの!しかも女の子!!」 「おっ!よかったじゃねぇか!」 またうるさいのが増えた。 この二人は静かにするということを知らない。 いい加減にしてほしい。 今日も何時もと変わらず、偽りの笑みで過ごした。 一週間後、月子が嬉しそうに話していた転校生がくるそうだ。 俺が調べた限りだと、今まで学校にはあまりいっていなかったようで、派手な人ではなかった。 だが、そんなことじゃわからない。 これから会って話して、関係を良好に保てるようにしなければならない。 「よーし!HR始めるぞ―!っと、その前に、転校生を紹介する!」 陽日先生教室に入ってそう告げた。 転校生、その言葉だけで回りがざわつき始め、俺は溜め息を吐いた。 「うし、入ってこい!」 陽日先生の声で、廊下から転校生が入ってくる。 手を前で合わせてゆっくりと歩いて入ってきた彼女は、黒く艶のある髪を腰まで伸ばし、黒く大きな目は少し伏せていた。 「それじゃあ、名前いってくれるか?」 「名字、名前です」 彼女の名前はクラスメイト達のざわめきの中に吸い込まれた。 羊の時と同じように、陽日先生が黒板に名前を書いた。 彼女、名字さんの席は羊が転校して空いた席となり、月子の横になった。 HRが終わり、10分間の休み時間となると、早速月子が動いた。 「名字ちゃん、だよね」 「夜久、さんだったけ?」 「うん、そうだよ!月子でいいからね?」 「私も、名前でいいよ」 月子と名字さんは早くも打ち解けており、二人は手を繋ぎあっていた。 面倒くさいが、初対面なのだから感じよく話さなければならない。 「名字さん、俺は東月錫也。月子の幼馴染みだよ」 「名字名前です。よろしく…?」 今よろしくのあとにクエスチョンマークがついた気がしたのは俺だけだろうか? 彼女は何故か俺を見て口を少し開け、コイツ何者だと言わんばかりの顔をした。失礼にも程がある。 哉太が挨拶にいったが、そんな素振りは見せず、普通に笑っていた。 俺だけに彼女はあんな顔をした。 何故かはわからない。 まあ、どうでもいいことか。 彼女ともどうせ上辺だけの付き合いだろうから。 それは、汗が少し滲み始める初夏の事だった。 さよなら、本当の俺。 |