愛 「梓の馬鹿!ぱっつん!」 梓が背後で名前を呼んだけど無視して走り去る。 梓なんて知らないよ。 ぐちぐちぐちぐち文句ばっか言ってくるんだもん。 私は絶対に悪くない。 梓と喧嘩して早一週間。 梓とは一言も話していない。 っていうか、視界に一度も入っていない。 避けられてる、かなあ…。 「……はあ…」 私も梓に馬鹿とぱっつんって言ったけど、やっぱり梓が悪い。 ことの発端は、私が梓以外の男の子と出掛けたことが梓にバレたから。 まあ、男の子っていうのは私の幼馴染みだったんだけどさ。 僕以外の男と出掛けるなって、私にだって梓以外と遊びたい時があるんだよ馬鹿。 だけど、梓と会わないこの日々に、段々辛くなってきた。 会いたい、会えるものなら。 梓に会わない日が一日でもあれば、可笑しくなりそうになるんだ。 現に今、眠れなくて睡眠不足だ。 「あ―…も―だめ…」 「ぬ?名前?」 背後から声がして、振り返った。 ぬ、なんて言うのは翼くんぐらいだから翼くんかな?って、思いながら振り向いたら、やはりそうだった。 「翼くん、どうした?」 「ぬ―…名前元気がないのだ」 「気のせいだよ、き、の、せ、い」 やっぱり元気ない!、て何があったかと問い詰めてくる翼くんに取り敢えずアッパーを御見舞いした。 顎を押さえて地面をごろごろと転がった。 知らない方がいいこともあるんだよ、翼くん。 「痛い…」 「痛くいたからね。もっとやって欲しいならおいで」 そう言うと、翼くんがぬがあああああって、叫びながら消えていった。 本気じゃなかったんだけどな…。 「会いたい…梓…」 梓に会わなくなって二週間。 食欲さえなくなってきて、ここ二日は何も食べていない。 食べようと思っても、物を口に入れると吐き気がして吐き出してしまう。 「…あ、ずさ…あずさ…梓」 名前を呼んだって返事なんて返ってこない。 虚しさだけが心に残ってモヤモヤして仕方がなかった。 体育の授業で私は倒れた。 目を覚ますと、保健室の天井が目に入った。 「………」 だるい。 力が入らない身体に鞭を打ち、ベッドから起き上がる。 カーテンで仕切られていて、回りが見えない。 「星月先生…?」 「ん、…なんだ名字、起きたのか」 カーテンがシャーッ、て音をたてながら開いた。 もちろんカーテンを開けたのは、今声がした星月先生本人だ。 「寝不足と過労だ。今日は、寝てなさい」 「大丈夫、ですよ」 「大丈夫って顔をしてないから言っているんだ」 ほら、布団に入りなさいって言って、星月先生は私の肩を押してベッドに寝転ばせる。 横になったって眠くならない。 梓のことだけがぐるぐると頭の中で回って眠れない。 「眠く、ならないんですよ」 「……木ノ瀬、か…?」 違いますって、かろうじて答えた。 職務怠慢気味のこの先生は、生徒のことを案外見ている。 だから、危ない。 バレるから。 私が、どうして寝れないのか。 「…今だけは、寝てろ」 「……はい」 星月先生が、反論はねえよな?あぁん?、て言ってるような気がして、仕方なく布団を頭まで被った。 だけど、眠くなんてならなかった。 ぼ―っとしてたら、放課後になっていた。 身体のだるさは、とれるどころか酷くなっていた。 当たり前か、ずっと寝てないのだから。 「あず、さ…」 いつもは沈黙が返ってくるのに、今日は違った。 「なに?」 カーテンの向こうから愛しい人の声がして、飛び起きた。 だけど、睡眠不足の身体ではうまく起き上がれず、ベッドから落ちて床にびたん、と音をたてて倒れた。 「っ、た…」 身体を起こそうとするけど、うまく起き上がれない。 顔だけでもあげようと思い、首を動かした。 「梓、梓梓…っ」 「だから、なに?」 梓の視線は冷たく、私を見下していた。 梓に、言わなきゃいけない。 「梓、梓、ごめんなさい…」 「何に対して…?」 あ、もうだめだ…。 梓に、梓が目に映ってることだけで嬉しい。 話せることが嬉しい。 涙が頬を伝って床に落ちた。 「もう、梓以外と出掛けないからっ…ごめん、なさい…ごめんなさい」 「名前がわかったならいいよ」 梓の目は優しく笑っていた。 私に近付いてきて、私の身体を抱き上げてベッドに寝かせる。 「梓、ごめん、ごめんなさい…っ」 「もういいよ。今は寝なよ」 梓の手が目の上に置かれて、ゆっくりと目を瞑った。 梓が私の手をぎゅって握ってくれて、すごく安心した。 何も知らないでスヤスヤと眠る名前に、僕は笑みを溢した。 僕は、名前が僕に依存するように教え込ませた。 僕から絶対に離れられないように。 「名前、好きだよ…」 僕が溢した言葉は、沈黙に吸い込まれていった。 依存は愛と同じ 梓くんの練習。 梓くんは狙って全部行動すると思ってます← 20120817 |