小悪魔のスケルツォ


―シキ・ヒョウside story―


とある国の、とある少年の過去にあった“はじまり”のお話。

軍事国家といっても過言じゃないこの国の軍事施設はかなり広大な敷地を有している。
屋外訓練場もさることながら、国中の情報が行き交う屋内施設もそれはそれは広大な広さだ。
だから、いくら用事があったからといって偶々歩いていた敷地内で見知った人間に会う確率はそんな高くないわけで。
数少ないであろう気に食わない対象と鉢合わせする確率など、もっと低いはずなのだが。
それなのに、いらない偶然により出くわすこととなった目の前の男を見て、とある快楽主義者と名高い少年は口元を引き攣らせた。


「―――…よりによって…」

「これはこれは。このような場所でお会いするとは思いませんでしたよ、シキ君」


シキの前方から歩を進めてきていたのは、この国の権力者一族の一人であるヒョウ。
物腰柔らかな笑みを浮かべて年下にも丁寧な言葉で声を掛ける様は、文句無しに好青年という印象を受けることだろう。
シキとしては本来ならばあまり関わりたくない人物であるのだが、話し掛けられては仕方がない。
引き攣った口元を戻し、小さく息を零すと少しの間だけ会話に付き合うことを決めたのだった。


「どうせ会うなら君の操り人形のがよかったよ」

「操り人形とは、手厳しいことですね」

「あれ、気に入らない?それなら……駒、とでも?」

「おやおや…」


会話に付き合うとはいってもシキからすれば、それが友好的とは限らない。
例えそれが年上だろうと、国の権力者一族の人間だろうと彼には全く関係の無いことなのだ。
それに、彼は知っている。

ヒョウの、深い海の底のような暗い青色の瞳に宿る強欲と、冷酷な非道さを。


「まったく…はっきりと言ってくれますねぇ」


そう、紳士的な振舞いとは裏腹にこの男は実に陰険で性悪だ。
目的や欲のためならどんな手段も犠牲も厭わないくせに、いつも自分だけは安全なところに腰を落ち着けていて。
どんなに悲惨な犠牲を出しても、この男には何の弊害にも不利益にもならないように全て仕組んでいるのだ。
シキが快楽主義者というならば、ヒョウは合理主義者といったところだろう。


「君の非道さには恐れ入るよ。よくもまぁ、あそこまで事実を捏造し、隠蔽できたものだね」

「お褒めに与り恐縮です。しかしながら、相も変わらず聡いですねぇ、君は」

「生憎、僕は彼女のように無垢で無知じゃないんでね」


少年の言葉の裏に隠された鋭い刺に気付かない男ではないくせに、素知らぬフリで飄々と返してくるヒョウのなんと憎いことか。
この狡賢さで彼はつい最近にも、偽りの事実で一人の少女を闇に突き落としたばかりだった。
その少女は国に仕える一族の人間にしては珍しいタイプだったと思う。
幼いが故に憧れを抱き、無垢に尊き唯一の存在を慕い、無知だったからこそ自由だった少女。
そんな汚れなき綺麗な世界を土足で容赦無く踏み躙られた挙句、粉々に打ち壊された彼女はその日を境に変わってしまった。

一族の使命を背に、憎悪で心を満たし、国の忠実なる駒となったのだ。


「丁度よかったですよ。優秀で、扱いやすい手駒が欲しかったところでしたから」

「………」

「宵闇のベニカゲにも縁があり、ジエン様とも面識のある彼女を手にした私は、実に運がいい」


過去に大罪を犯したといわれる“宵闇一族”の一人であるベニカゲが、国のお姫様であるジエンを誑かして姿を消したのはまだ記憶に新しい話だ。
もっとも、ベニカゲがジエンを誑かしたという話は根も葉もない偽りであるのだが。

親戚関係にあるベニカゲを抹殺させ、お姫様を奪還するという任務は実に名誉ある使命だろうが、所詮その名誉は幻想。
歪曲された真実に、この陰険で性悪な男に踊らされている彼女が辿るのは恐らく、絶望的な破滅。
一人の少女を騙し続け、果ては絶望に落ちると全てを知りながら、ヒョウは“運がいい”と自身を自賛した言葉を口にしているのだ。

そのなんと冷酷なことか。


「……クロユリは、君が思っているほど愚かな女じゃないよ」

「おや、君にしては珍しいじゃないですか。一人の人間を擁護するとは」

「別にそんなんじゃないよ。本当のことを言ったまでさ」


シキは自分が快楽主義者であり、傍観者であると自ら口語している。
そんな傍観者な彼でも、目の前の男が口にする外道な事柄には嫌気がさしていた。
いや、そもそもヒョウの存在自体に嫌悪を抱いている、というのが正しいだろうか。


「運なら彼女だって持ってるよ。捻曲げられていない真実を知っている僕に、気に入られているんだから」


クスリと笑ったかと思えば、どこか揺さ振りを掛けるように述べるシキ。
それはまるで、人間を破滅にへと導き、絶望に落とす悪魔のように。


「君の思い通りにはならないし、させないよ。」


彼の深い緑色をした瞳が笑みに細く歪む。
そして、宣戦布告ともいえる一言を告げたシキはヒョウの横を通り過ぎ、通路の奥へと消えていった。
掴み所が無く飄々としている普段の彼からは想像できない敵意に、ヒョウは暫くその場に立ち尽くすこととなった。

――のだが、突如、敷地内全体に鳴り響いた警告音。
サイレンに次がれて放送されたのは、強固で鉄壁といわれていた敷地内のセキュリティが全て麻痺したという内容だった。


「クロユリは、君なんかには絶対にあげないよ、――…ヒョウ。」


とある“はじまり”を告げるようにサイレンは高らかに鳴り響く。
それを耳にしつつシキは慌ただしい施設内を歩きながら、あの男のシナリオが打ち壊されるであろう未来を心底愉しげに嘲笑う。

そして、その突然の騒動が一段落する頃には、一人の若き悪魔が表舞台から姿を消していたのだった。



小悪魔のスケルツォ


(今度の舞台では、)

(君にも踊ってもらうよ)



―――――
シキとヒョウの真っ黒な過去のお話でした
これはシキが主人公やゼロたちに出会う直前のお話だとお思いください。
そして彼はゼロ(エンゲツ)が大嫌いで、ヒョウは嫌悪の対象だという違いをご理解くだされば幸いです。


2012.6.5




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