あぁ、大っ嫌いだ、こんな奴。


―シキ・ゼロside story―


身体的にも経験も自分より遥かに優れた人物が今すぐ目の前にいて、その相手がこちらの生死を握っている危機的状況にあるとしよう。
唯一対抗しえる知識力を用いてどう回避したものかと脳内で必死に策を巡らせていたのだが、どういうわけか相手は自分を殺すことなく武器を下げ、面倒くさそうに溜息を吐いた。


「――…やめだ。こんなガキ一人消したって、国は何も変わりゃしねぇ」


そんな一言を最後に残して相手は去っていった。
その言葉は力量や死なんかよりも形容し難い強烈な敗北感を僕にもたらした。

あれから数年経った今でも、あの衝撃は忘れられないでいる。
それを言い放った、紅蓮の破壊者のことも。


「――例えばの話。あの時、背を向けた君に銃口を向けていたら、君は僕を殺してたかい?」

「……随分と懐かしい話を持ち出してきたじゃねぇか」


時は、例の件から数年後。
あれから様々な経緯を経て僕は今とある反乱軍のアジトに身を寄せていた。
とはいっても、別に彼らの味方になったわけじゃない。
僕と彼らの利害が一致した時にだけ、手を貸しているだけにすぎない上辺だけの関係だ。
この反乱軍には驚いたことに世間では生死不明で行方知れずだった紅蓮の彼、エンゲツの姿があった。
他にも表沙汰にはできない面子がちらほらとあり、その背後に蠢く事情に面白さを見出だして残留を決め、今に至るわけだ。


「武器を弾くくらいはしたかもな。殺しはしねぇが」

「なんとも癪に触る答えだね」

「何でも殺しゃいいって思考は無いんでな、生憎」


話を戻そう。
僕はエンゲツ、今ではゼロと名乗る男に過去の出来事を元にした仮の話を投げ掛けた。
彼の答えは当然ながら僕を満足させることはなく、つい率直な不愉快だという本音を零してしまった。

彼は殺し屋ではなく破壊者だ。
殺しを推奨しているわけではないからこそ、本当に幼かった僕を殺さずに生かした。
反乱軍に属していたくせに、敵である国に潜む脅威の芽を摘まずにおくなど、本来なら考えられないことだ。
突き付けた銃のトリガーを引けば終わる、という状況を作っていたのなら尚更。


「あの時、僕を殺していれば革命は成功してたかもしれないよ?」

「はっ。お前を殺していたとしても、結果は変わらなかったさ」

「少なくとも…ガキだから殺せなかった、っていう甘さは捨てられたんじゃないかなぁ」


僕は断じて死にたかったわけじゃない。
だが、あと一歩のところまで追い詰めておいて、ガキだからという理由でやめたことに納得いかないのだ。
国に属する大人の技術者には作れない戦闘兵器を生み出し、国に提供したのは紛れもなく僕だ。
狙われる理由もあれば、殺される理由も十二分にあったというのに、ガキだからと見逃されたこの命。
甘さともエゴとも取れる情けは、追い込まれた側にとって力量の差や死よりも屈辱的な敗北感をもたらすものだ。
あの時のエンゲツが何を思って僕を見逃したかなんて断定はできないけれど、甘さやエゴというのも否定できはしないだろう。


「詰めの甘さが命取り、なんて。珍しくも無い話だろ?」


果たして彼は、反乱軍が崩壊した時に自身の甘さに気付いたのだろうか。
エンゲツも敵である国に生かされ、屈辱的な敗北を味わったはずなのだから。


「――…例えばの話だ。今、シキが俺を殺したら、何かが変わるか?」

「……少なくとも、戦闘力は減るね」

「だが、世界は変わんねぇだろ」


今度はゼロから持ち掛けられた、物騒な例え話。
世界は変わらない、と小さく笑う彼の瞳に浮かんでいたのは、嘲けの色。


「権力者ならまだしも、優れた才能を持つだけの一般人を一人二人消しただけで、国が変わると思うか?」

「………」

「あの時お前を殺していたとしても俺たちの結末は、何も変わらなかっただろうな」


その皮肉めいた言葉は誰に向けたものなのだろう。
僕にか、それとも自分自身か、またはその両方だろうか。
結末は変わらなかった、そう述べるゼロを見るに、やはり彼にも甘さというものがあるのだと思う。
そうでなければエンゲツはもっと冷酷であれたはずだし、ゼロを名乗ることもなかっただろう。
今思えば、ゼロを名乗ることになった理由こそ、その表れではないのだろうか。


「何が正しくて何が間違っているかなんざ、事が過ぎてからじゃねぇとわかんねぇこともある」

「僕を生かしたことは、今の君にとっても正しいことだったかい?」


その問いにゼロは意味深に笑うだけで、明確な答えが返ってくることはなかった。
だが、きっと後悔はしていないのだろう。


「…ただ、今お前が明確な殺意を持って銃口を向けてきたなら、俺は迷わず引き金を引くだろうな」

「……割りに合わない殺しはしない主義なんだよ、僕は」

「だろうな」


ただの皮肉か牽制か。
どちらにしろ何食わぬ顔でクツクツと笑うこの男に抱く憎らしさは変わらない。
ただ、この革命の行く先と国が辿る結末を独自の立ち位置で傍観していたい僕に“嫌い”という感情を抱かせ、絶対的な敗北を味わせた唯一の存在。

いつか、僕をガキだからと殺さずに見逃したことを絶対に後悔させてあげるよ。



あぁ、大っ嫌いだ、こんな奴。


(いつも優位な位置にいる君が)

(どうしようもなく)

(大嫌いなんだ)



―――――
ガキだからと見逃されたことに屈辱的な敗北感を感じたシキ。
要は、プライドの問題です。
子供でも大人でもプライドは持つものですし、男性は特にプライドに意地をかける生き物ですからね。


2012.5.28




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