二人のディスタンス

―ゼロ・ジエンside story―



国の権力者一族の娘である自分は、数年前に活発化していた反乱軍のことを、よく覚えている。
十代半ばの少年少女が軍の大半を占めるにも関わらず、その勢いには目を見張るものがあった。

そして、最も印象深かったのは、いつも最前線で圧倒的な力を振るう紅蓮。
あの強烈なまでの紅が、ずっと目に焼き付いてて。
今でも忘れられない。


「――…そういや、はじめに俺に気付いたのはお前だったな、ジエン」


夜、というより深夜と言ったほうが正しい時間帯。
なかなか眠りにつけず、気分転換にと自室を出て適当にアジト内を歩いていたのだが、その途中で少し開いたドアの隙間から零れる月明かりが目に付いた。
何となく近寄って室内を覗いてみれば、月明かりのみの部屋でお酒の入ったグラスを片手に持った一人の男が窓辺に立ち、心在らずといった様に夜空を眺めていたのだ。

それから彼、今ではゼロと名乗る男の存在をこちらが認識したと同時に目が合ってしまい、入室を促され今に至る。


「……戦い方を見れば一目瞭然」

「ほぅ…あれから何年も経ってるってのにか」

「何年経っても“エンゲツ”が忘れられることは無いのだと思うけど」

「今となっちゃただの負け犬だ。死に損なってゼロになったヤツの名前なんざ、さっさと忘れちまえばいい」


かつての彼の名はエンゲツ。
数年前にとある反乱軍に属していた彼は、理想や信念のために命懸けで戦う人で、自分はその強さに憧れていた。
だが、反乱軍が国の汚い謀略により壊滅して以来、彼はエンゲツの名を捨ててしまった。
それからは全てを失った自身を皮肉る“ゼロ”を名乗ようになったのだ。

そして現在、今度は自分が革命を志し家を出た身として、偶然にも再び彼に会えたのは嬉しかった。
だけど、自分が憧れた紅蓮のエンゲツはすっかり別人となっていて。
それが何だか、とても寂しく思えたんだ。


「……例え皆が忘れても、自分は忘れない。忘れられない。」

「………」

「エンゲツを、忘れたくないの」


あの頃の自分にとってエンゲツは憧れそのものだったのだから、忘れてしまうなんて嫌に決まっている。
さっきは戦い方で一目瞭然だったと言ったけれど、本当はそれだけじゃない。
何年経っても目に焼き付いて離れなかった強烈な紅の髪が、自分に彼がエンゲツだと気付かせたのだ。


「……随分と、熱烈な告白じゃねぇか」

「なっ!?待って、恋愛とかそんな意味じゃない!」

「林檎みてぇな顔してるくせにか?今更照れんなよ」

「照れてない!だから、本当にっ」


ただ、ありのままの本音を告げただけで何故告白などと茶化してくるのか。
必死になって弁明する自分を相手に愉しげに笑う彼のこういった面は本当に質が悪いと心底思う。
そう内心で憎らしく思っていると、不意に伸ばされた片手に抱き寄せられた身体。
急な至近距離に驚いてゼロを見上げてみると、月光に照らされるプラチナ色の瞳がすごく綺麗で、抵抗も何も出来ないまま不覚にも見惚れてしまった。
その、どこか哀しげな色を帯びる瞳に、かつてのエンゲツが見えた、気がした。


「……ありがとな。」

「…っ……」

「お前、将来イイ女になるぜ。俺が保証してやる」

「っ、また、からかってるんじゃないの…っ?」

「さぁな」


耳元で囁かれた一言に我を取り戻した時にはもう、既に距離は元通りになっていた。
肩に回された手も離されていて、脈絡のない予想を口にするゼロの様子も普段通りだ。
ただ、何だか彼の雰囲気だけは、優しいものとなっていた。


「からかってるかどうかは別にしても、ジエンは嫌いじゃないぜ」

「……わかりにくい」

「ははっ。さてと、お前はそろそろ部屋に戻ったほうがいいな」


部屋に居ないことがベニカゲに知られたら大変だと、クツクツと喉を鳴らして笑いつつ彼はテーブルにグラスを置く。
どうやら部屋まで送ってくれるらしく、一足先にドアを開けて自分を先に退室させようと待っている。
促されるがままに廊下に出れば、続けてゼロが出てドアを閉めようとノブを引く。


「――…嫌いじゃないってのは、本当なんだが、な」


ゼロが何か言ったような気がしたのだけれど、パタンッとドアの閉まる音と重なって上手く聞き取れず。
聞き返すことも出来ないまま、自室に着くまで自分も彼も一言も話さなかった。
でも、ゼロの雰囲気が優しいままだったから、沈黙が苦痛になることはなかったのだけど。

憧れた紅蓮の彼が、瞳に浮かべた哀しげな色が忘れられず。
自室に戻ってからも肩や耳に残るほのかな熱に、やたらと脈打つ胸が痛かった。



二人のディスタンス


(彼と自分の距離はまだまだ遠いけれど)

(少しずつでも、)

(君に近付けていればいいな)


(ゼロを否定するわけでもなく)

(エンゲツを忘れたくないと言うお前の藍色の瞳が、)

(俺には忘れられそうにねぇよ)


2012.4.27




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