聖なる夜に口付けを。

―ゼロ・ジエンif story―


12月25日、クリスマス。
グローバル化が進んだことにより、キリストの降誕を記念する祭日という印象が強くなったこの日。
飛星とジエンを中心とする革命軍のアジトでも盛大なパーティーが行われていた。
のだが…―――


「……いない…」


ご馳走やケーキの争奪戦を繰り広げたり、和気藹々と談笑を楽しんだりと、それぞれパーティーを楽しんでいるメンバー一同。
しかし、パーティーが中盤となった頃、美しい黒髪の少女は室内を見回して思わず溜息を零した。
どんなに人が居ても、どんなに遠くからでも見付けられる自信がある赤色が、見当たらないのだ。


「エンにーちゃんなら、さっき出ていったよー?」

「…!?」

「あははっ。ジエンねーちゃん分かりやすーい」

「〜〜っ、ルナ、ユエ!自分をからかうんじゃない!」

「「えへっ。ごめんなさーい」」


不意に聞こえた探し人の名前に跳ねる華奢な肩。
その声の先を見れば、いつの間にか幼い双子の姿が隣にあり、ニヤニヤと笑いながらジエンを見上げていた。
ああ、そんな笑い方をしては人形のように可愛らしい顔が台無しだ、勿体ない。


「でもね、お酒を持って出ていったから、多分どっかで飲んでると思うよー」

「雪も降ってるから、外には出ないだろうしねー」

「……要するに、ガキの相手なんざしてられるか、ってとこかな。あのエンゲツからして」


エンゲツことゼロは自ら進んでパーティーに参加するタイプではない。
今日だって双子に引っ張られて渋々参加したにすぎないのだろう。
そして、頃合いをみて抜け出した彼は今頃、別室で一人で飲んでいるに違いない。


「仕方のない人だな、まったく」


そう呟いた時にはもう、双子の姿はなかった。
どうやらアヤヒラが新しいケーキを運んできたことにより勃発したケーキ争奪、第二回戦に参戦しにいったようだ。
目の前で繰り広げられる取り合いの様子にジエンは堪えきれず笑みを一つ零し、静かにその場を後にした。


「―――…」


パーティーの喧騒も届かない場所まで来たとき、ふとスプリングが軋んだような音が静かな通路に響く。
ジエンが立ち止まった場所よりも少し先にある部屋からは、柔らかな灯りが漏れていた。


「……パーティー、抜け出してきてよかったのかよ」

「…それは、エンゲツが言えたことじゃないと思うんだけど」

「クリスマスまでガキの相手なんざしてられっか」

「………」


扉の前に立った刹那、部屋の中から問い掛けてきた声。
それは間違いなく、今ではすっかり皮肉が板に付いた赤髪の男、エンゲツのものだった。
ドアノブに手を掛けてゆっくりと扉を開いてみれば、キャンドルの温かな灯りが満ちる部屋のソファーに彼の姿があって。
プラチナ色の瞳は真っ直ぐにジエンへと向けられていた。
アルコールのせいか気怠げな色が浮かぶ瞳が普段よりも色っぽくて、ジエンの胸を密かに高鳴らせる。


「…入るなら入れよ。開けっ放しだと寒いんだよ」

「あ、ああ…すまない……」


言葉こそぶっきらぼうだが、彼の瞳が優しく見えるのは、このキャンドルの灯りのせいだろうか。
トクトクと通常よりも幾らか早い心音にエンゲツが気付かないことを願いつつ、室内に足を踏み入れてソファーへと近寄る。


「…お酒だけでは胃を壊すぞ」

「ここに来る前に一つ二つは摘んできた。空きっ腹に流し込んでるわけじゃねぇよ」

「いや、明らか食べ物と酒のバランスが悪いと思う…」

「何と言われようが、その手にあるもんは食わねぇぞ」

「甘さ控えめだって、アヤヒラが言っていたが…」


それでもダメか?、と言いたげなジエンの手にはトレイがあり、その上にはお皿に乗せられたチョコレートケーキが二つ。
恐らく、アヤヒラお手製のケーキだろう。
食事中が一番、無防備な姿になることからエンゲツは双子以外の人前で物を口にするのを嫌っている。
現にジエンが部屋に訪れてからは一度も彼はグラスに手を掛けていない。
それが大人のプライドからのことなのか、ただ単に革命軍の人間を信用していないからなのかはジエンどころか誰にも知りえないことではあるのだが。
ただ、気を許してもらえていない現状に寂しいと思ってしまうのは、彼女の中で彼が特別な人だということなのであろう。


「そんな目で訴えても無駄だからな。…ここで食うのは勝手だが」

「……それは、これ以上煩くすると追い出すってこと?」

「ほぅ、察しのいいことだな」


ニヤリと意地悪く笑う顔は大人の男性らしいものなんかじゃない。
彼はたまに子どもだ。
時に、とても。


「まあ、黙らせてほしいってんなら、また話は別だがな」

「……大人げない…」


皮肉が達者なエンゲツに口で対抗できるとは思わない。
が、いざ言い負かされると何とも言い難い悔しさを覚えるもので、ついつい反抗してしまうジエン。
はぁ…と本日何度目かの溜息を吐くと、テーブルにトレイを置きソファーに腰掛けた。
二人分の体重で軋むスプリングの音に混じってクツクツと喉を鳴らして笑う隣の彼に憎らしさを感じつつ、フォークで食べやすい大きさに切ったチョコレートケーキを口に含んだ。
ほろ苦さの後に程よい甘さが口内に広がり、その絶妙なバランスの美味しさに頬が緩む。


「こんなに美味しいのに、食べないなんて勿体ない…」

「そんなもんで俺の何が満たされるってんだ」

「食べないのは、そんな理由なんかじゃないくせに。」


エンゲツが言ったことは間違いではないのだろうが、それが正しい答えというわけでもない。
今、彼女の前で物を口にしないことへの言い訳といったところだろうか。
彼はズルイ人だ。
他人のことには鋭く察するくせに、エンゲツ自身の本心と真実は何一つ、明かしてはくれないのだから。


「……目を背け気付かないフリをして、時に偽り誤魔化して生きるほうが断然楽な世の中だ」

「………」

「手を伸ばすことが愚行だと分かっているからこそ、外せない枷もあんだよ」

「…っ、エンゲツ…?」


意味深なことを語りつつ伸ばされた手がジエンの顔に掛かる黒髪を除け、温かな掌が白い頬を撫でる。
妙に優しい手つきに戸惑うばかりで、エンゲツの様子を伺おうと視線を上げた刹那。
自嘲気味に笑うプラチナの瞳が、すぐ目の前にまで迫っていた。


「もっとも、元が理性的じゃねぇ俺じゃ高が知れてるがな」

「エ、ン―――っ」


ギシッと軋むスプリングに縮まる距離。
恋い焦がれた深い赤色が直ぐ近くにあって、彼から香るアルコールの匂いに早鐘になる心音。
名前を呼ぶ声は、塞ぐように重ねられた唇に奪われてしまった。


「―――…甘い…」


何が起きたのか分からずに呆然としていたジエンだったが、少しだけ唇を離して呟いた言葉が何を意味しているのかに気付き、状況を把握する。
顔と顔の距離は、少しでも動いたら唇が触れてしまいそうなくらい近いまま。
じわじわと頬に集まる熱が嫌でも分かり、恥ずかしさから彼を直視できずに視線を彷徨わせる。
当のエンゲツといえば、ジエンが戸惑っているのを知りながらも何食わぬ顔で笑っていた。


「どうせ、こんな理由だとは思ってないんだろうな。お前は」

「えっ…な、何が…?」

「全部、お前が悪いってことだ」

「は…!?」


クツクツと悪戯な笑い声が響く。
訳も分からず自分のせいにされたジエンは思わずエンゲツに目を向ける。
そうすれば当然、彼女の碧眼は彼のプラチナ色の瞳と鉢合わせするわけで。
今までにない至近距離を目の当たりにし赤い顔をより一層赤くして固まったジエン。
普段はガキだのなんだのと言って子ども扱いするエンゲツも、今ばかりは一人の女として彼女を見ているのだろう。
熱を帯びた彼の瞳が、そう物語っているのだから。


「折角のクリスマスだ。たまには俺に付き合ってもらおうか」

「なっ、何す……!?」

「俺が、何かを口にするとこが見たいんだろ?」

「ちょ…っこの体勢である必要はないんじゃ…!」

「悪いようにはしねぇよ」


やけに愉しそうな彼の言葉の裏に不穏なものを感じ取ったジエンが離れようと身を捩るが、時すでに遅しで華奢な体がソファーに沈められてしまった。
彼女の視界には蝋燭の柔らかな灯りが揺らめく天井に、意地悪くも色気のある笑い顔を浮かべるエンゲツ。
悪役の台詞とも思える囁きを耳元に落とし、ジエンの抵抗も反論も押さえ込むようにやや強引に唇が重ねられる。
そのキスにはもう、躊躇いなど微塵も感じられなかった。
何度も口移される熱に翻弄されながらも、彼の心に初めて触れられた嬉しさにジエンは幸せに満ちた笑みを浮かべたのだった。



聖なる夜に口付けを


(静かな聖夜の口づけは、)

(チョコレートよりも甘く)

(お酒なんかよりも酔い痴れる)



―――――
二人は恋人じゃありません。
この話で恋人未満な関係にはなりましたけど、個人的には恋人未満が焦れったくてモヤモヤとしている甘酸っぱい時期が好きです(笑)

エンゲツが皆の前で食事をしないのは無防備な姿を見せたくないからですが、ジエンにだけは違う理由があります。
エンゲツはジエンが自分に特別な感情を抱いているのに気付いているし、その自分もジエンを気にしている自覚はあるものの、年齢やら立場(権力者の娘と反逆者)から気持ちを伝えようとは思わず一定の距離を保とうとしていたんです。
しかし、そんなエンゲツの胸中も知らずに年頃の女の子が無防備に近付いてくるわけですよ。
肉食か草食かと問われれば色んな意味を含めて肉食なエンゲツからしたら、それは生殺しにも等しい状況。
ガキは相手にしないという大人のプライドと、好きな女を前にして何もしないんじゃ男が廃るという男のプライド。
そんな相反する二つのプライドに葛藤していたこともあり、ジエンの前では気を緩められなかったわけです。
気持ちが曖昧なまま彼女に触れてしまったら、どうなるかわからなかったからね。

でも、エンゲツは元が理性的な人間じゃないので結局は据え膳に食らい付いてしまいましたがねー(笑)
あの後はあはんうふんな展開ではなく、ジエンの反応を愉しみつつエンゲツの気が済むまでチュッチュッしていると思います。
要は意地悪タイム。


2013.1.23




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