愛、一握り。


―シキ・クロユリside story―


オレンジからインディゴのグラデーションになった空。
あと数十分で夜になろうとしていた時間帯に帰ってきた部屋の住人の手には、なんとも不似合いなものが握られていた。


「―――…シキ、何それ?」

「見ての通りだよ」

「花なんて、愛でる趣味があったの?」

「……その、あからさまに心底から意外そうな目はやめてくれるかい。」


シキと呼ばれた男の手にあるのは青薔薇の花束。
普段、彼が手にしているものといったらアンドロイドを造るための工具か、情報収集のために所持している小型の端末機が印象で。
緑の悪魔ともいわれる彼の性格からしても花なんて愛でる趣味があるようには思えず、シキ本人の前で正直な感情をクロユリは浮かべた。


「僕だって好きで持ってきたわけじゃないよ。押し付けられたんだよ、ヒボシに」

「ヒボシに?…まあ、アイツなら分からなくもないけど……」


何で青薔薇なんだろう、とクロユリは疑問に首を傾げる。
シキはその疑問に気付いてはいるが応える気はないらしく、ソファに座る彼女に花束を渡して自分も腰掛けた。


「…あげる。僕が持ってても仕方ないし」

「体よく押し付けただけでしょ。まったく、自分勝手なんだから」

「僕の部屋に匿ってあげてるんだから、それくらいで文句言わないでよ」

「……おいで、って言ったのはそっちじゃん」


まったく…と溜息を零すが、それは殆んど諦めが混じっている。
飄々としていて、快楽主義者で捻くれ者な彼には何を言っても無駄だからだ。
クロユリは訳あってシキの所に身を寄せているのだが、未だに彼が自分を匿う理由が分からないでいた。
そんなに仲が良いわけでもなく、天才と称される彼の手伝いが出来るほど有能でもなければ手駒になれる実力も無い。
ただの気紛れが一番あり得そうな理由だと思うも、それだけで仮にも暗殺者である自分を匿ったりするものかと考えれば納得出来ないもので。
ここに来てから数週間、クロユリの心中に渦巻くモヤモヤは一向に晴れないでいる。


「――…ねぇ、何でアタシを助けたの?」

「……ヒョウのシナリオを崩壊させるためだって、あの時に教えたはずだけど」

「確かにシキは自分が一番楽しめるように状況を掻き乱して成り行きを愉しむ悪趣味で嫌な傍観者だった。だけど…」

「だけど、…何?」


ソファーの背凭れに深く体を沈めるシキは途中で区切られた言葉の続きを催促するように隣の彼女を見やる。
クロユリは青薔薇の花束に視線を落としつつ、静かな口調で続きを紡ぐ。


「今のアンタは何か違う。快楽主義の傍観者から、自分の意思で動く破壊者になってきてる」


誰が幸せになろうと不幸になろうと関係なく、自分が愉しめればそれでいい。
直接手は出さず、巧妙に計算された企てを間接的に仕掛けて、安全な位置でそれを傍観するのがシキという人間で。
少なくとも自分が描くシナリオの登場人物に自分自身を組み込むことは絶対にしないタイプだったはずだ。
それなのに、彼は自分の意思でクロユリの前に現れ、今後に予想されるシナリオを明かしてまで救いの手を差し伸べたのだ。


「アタシを助けてもあの方のシナリオに狂いは生じない。だって、アタシは……使い捨ての駒だったんだから」


つい最近まで彼女の飼い主だったあの陰険な男は、クロユリが残酷な結末を辿ることを確信していながら自身にとって最も使い勝手のいい手駒として側に置いていた。
そしてその確信通り、絶望の淵で身動きが取れなくなった彼女をあっさり切り捨てたのだ。
シキが現れなければクロユリは深い絶望に陥ったまま破滅していただろう。
だが、切り捨てられた彼女を救ったからといって、あの陰険男のシナリオが崩れるとは思えない。


「アタシを助ける価値は、どこにあったの…?」

「……はぁ…そんなに、僕が助けたのが意外だったわけか」

「シキはヒーローにはなれないし、ならないんでしょ?」

「そんな性格じゃないのは重々承知してる」

「うん、アンタは良くも悪くも無駄なことはしない。だからこそ、分からないんだよ」


“僕のところに、おいで。”

そう言ったあの時の彼は性悪でも悪魔でもなく、別人かと思うほどに優しい表情をしていた。
ここに来てから彼女はずっとシキを見てきたが、今でもあの優しい顔をした彼は幻覚だったのではないかと思えてならないようだ。
シキについての疑問は解消するどころか増える一方で、自分の立ち位置すら計りかねているのだろう。


「君が僕をどう思おうが勝手だけどね。…とりあえず、花、生けてきなよ」

「………」


疑問を問うてみたところで明確な答えが返ってくるとは限らない。
シキが相手ならば尚更だ。
かといって己の内に混在するモヤモヤが消化されない現状に苛立つのも確かであって。
その複雑な思いから気を紛らわせようとクロユリは花束を抱えたまま無言でソファーを立った。


「―――…あれ…?…何で、コレだけ…」


花瓶なんていうものはこの部屋に無いため手頃なコップに水を入れ、空いているスペースに花を広げた時。
ふと青薔薇の中に埋もれていた、一輪の黒薔薇に気付いた。


「――…花には興味ないけど…」

「っ…シ、キ……!?」


一輪の黒薔薇を手にして首を傾げていれば、いつの間にか近付いていた気配。
クロユリが後ろを振り向くと視界に映ったのは、見慣れた浅葱色の髪と…―――


「僕にだって、愛でる花くらいはあるんだよ」


目を閉じた彼の端正な顔。
唇に触れる熱に、一切の思考を奪われ。
至近距離で再び目にしたシキの瞳には珍しく、本気の感情が宿っていて。
その意味を理解してしまったクロユリは、手にしたままの黒薔薇をぎゅっと握り締めたのだった。



愛、一握り。


(愛でる花は一つだけ)

(君は僕のもの)

(それ以外の理由なんて無いんだよ。)



―――――
“瞳が、揺れた”の続編に、なるのかな?

黒薔薇の花言葉は“貴方は私のもの”で、他のはちょっと怖い意味があるので割愛するとして。
青薔薇っといっても殆んど紫に近い色はクロユリの髪色に似ていることもあり、黒薔薇を話に組み込んで捻くれ者なシキの気持ちを遠回りに表してみました。

愛でる花=クロユリ。
クロユリは花の名前でもあるのでね…!
黒薔薇は勿論、シキが後から購入したものです(笑)
青薔薇の花束を飛星くんに押し付けられたのは本当ですけどね。


2012.10.21




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