月の裏側には
―ゼロ・双子if story―
それは双子と、その保護者的立場にあるゼロの三人が日課とする鍛練中のことだった。
「昨日まで仲間だったヤツが今日明日には敵になっていたとしても珍しくない世の中だ」
室内の中心で双子の前に立つゼロはお得意の皮肉ではなく、ただただ世の現実を淡々と紡ぐ。
プラチナ色の髪に瞳を持った幼い双子は彼を見上げ、その現実とやらに耳を傾ける。
「ここに集まったガキ共だって例外じゃねぇ。裏切りにどんな理由があるにしろ、避けらんねぇ戦いに対峙する時もあるだろう。そして、戦場で迷いを捨てきれないヤツは確実に死ぬ。」
表情だけなら、普段と変わらない飄々としたものなのに、その口が紡ぐ内容は酷く重い。
きっと、それは今までゼロ、基エンゲツが掻い潜ってきた修羅場の多さを物語っているのだろう。
以前は常に前線を任されていた彼だからこそ語れる残酷な現実は、双子にどんな思いを抱かせるのか。
「もしそんな状況に陥った時は、自分の信念が正しいのか否かを考えろ。貫きたい意志があるならどんなに親しかった相手でも敵になったら迷わず戦え。戦場ってのは、そういうもんだ」
「……ねぇ、それは…」
「エンにーちゃんが敵になったとしても…?」
どんなに親しかった相手でも、という言葉に双子が表情を顰める。
いくら戦闘狂の二人であっても親しい相手と本気で殺し合いが出来るかと問われれば、それは難しいところなのだろう。
淡々とした話の切れ目に口を開いたルナに続きユエが問い掛けると、ゼロは短く息を吐いた。
「――…俺だったら尚更だ。」
双子と同じプラチナ色の瞳を細めて、なんてことなく平然と小さく笑うゼロ。
その答えを聞いた双子の瞳が複雑にゆらゆらと揺れていたことを、彼は気付いただろうか。
「俺が敵になれば厄介な障害でしかねぇ。洗脳されていようが、裏で何が絡んでいたとしても、その時は本気で殺しに来い。俺の戦い方を知ってるお前らなら可能性はあるだろう」
「「………」」
「…今はまだ理解出来なくても、ちゃんと覚えておけよ」
可能性はある、といつものルナとユエならその評価に喜ぶところだろう。
しかし、話の前提からして双子は何も言えないでいた。
自分たちを拾い、名前を与え、今まで面倒を見てくれたゼロ。
皮肉屋で意地が悪くて、大人げないところも多々あるが、不器用に優しい人。
双子はそんな彼が大好きだ。
それは、きっとこれからも変わることはなく、自分たちはずっとゼロと一緒なのだと当然のように思っていた。
のだが、もしもの不穏な可能性にその不変だったはずの理想は呆気なく崩されてしまった。
もし、望まない状況で彼と対峙した時、自分たちは迷わず彼に刄を向けられるのだろうか。
大好きなゼロを、エンゲツを自らの手で…。
「――…ぼくは、イヤだよ」
「ユエだけじゃない。ルナだってイヤ」
鍛練が終わりアジトの通路を浮かない面持ちで歩く双子。
二人は先程ゼロの前では言えなかった本心を話していた。
「エンにーちゃんと戦うのは好きだけど、本気で殺し合いたいわけじゃないもん…」
「戦いたくないって思ったの初めてだよ、ぼく…っ」
「……ああもうっ、ユエは泣かないの!」
「だっでぇー…」
じわり、と潤む瞳から零れた涙。
戦闘狂の双子といえど、やはり二人は幼い子どもなのだ。
仮の話であっても心から慕った人を失うだなんて、それは考えるだけでも辛いもので。
迷うなというほうが難しい。
「…迷ったらダメってことは……エンにーちゃんより強くなって、絶対に死なせないって意志を持てばいいんじゃないのかな…」
「ルナ…?」
「そうだよ!エンにーちゃんより強くなればいいんだよ、二人で!!」
「……!そっか、ぼくたちの意志がエンにーちゃんを“死なせない”ことだったら迷わずに戦えるね!」
望まないもしもの時、ゼロは迷わず自分を殺せと言ったが、双子はそれに反することを今決めた。
何故ならゼロは不穏な仮定の前に二人に告げたのは“迷うな”ということだったからだ。
それなら、自分たちの貫きたい意志を“死なせない”ことにすれば迷いなど抱くことなく全力で戦うことができるはずだ。
そして、彼より強くなれたなら自分たちが選べる未来の可能性が増え、選びたくない現実から回避することも出来るだろう。
「ぼくたちは一人じゃない、二人だからこその可能性を作ればいいんだ!」
「わたしたちが今よりもっともーっと強くなれば、ずっとエンにーちゃんと一緒にいられるよね!」
「うん!ずっと一緒!!」
ユエの涙はいつの間にか止まり、二人の憂いは無くなった。
今の双子にあるのは無限の可能性への期待と、子どもらしい無邪気で明るい笑顔。
月色の双子はこの日、また一つ強さを手に入れたのだった。
月の裏側には
(貫きたい意志と)
(迷わない強さ)
((それは、エンにーちゃんとずっと一緒にいたいから!!))
2012.9.4