世界、平和論。




平和とは、社会の状態が戦争や内乱等で乱れていないことを一般的に示す。
現実的、史学的にはまた意味が違ってはくるものの、共通のワードはやはり“戦争”となっている。
では、以上のことを踏まえた問い掛けを一つ出題してみようか。


「――…神様は世界を平和にするために、人類からあるものを奪うことにしました。さて、それは一体何でしょう?」

「答え、ワタクシは無神論者。」

「答えになってねーよ」


哲学的な質問に思案する間もなく答えになっていない答えを面倒臭そうに述べた彼女の名は“ソフィー”。
そして、間髪入れずにツッコミを入れた俺の名は“フィロ”、何事にも面倒臭がりなソフィーに根良く付き合う心優しい友人である。


「事実を歪曲するのは止めてもらおうか。フィロという男は物好きな変人だと訂正したまえー」

「…思考を読むのも止めてくれ。そして変人とは失礼だぞ」

「ワタクシが面倒臭がりと知ってて哲学的な質問をする奴を物好きな変人と表して何が悪い」


訂正、ソフィーは屁理屈だけは面倒臭がらない奴だったことを失念していた。
ついでに、彼女を相手に屁理屈で対抗しても勝ち目がないことも思い出したので、これ以上の言及は止めておくことにする。
ああ、こんなに寛大で賢明な判断が出来る優秀な人間を友人に持てたことを、彼女は幸福に思い感謝すべきではないだろうか。
おっと、ソフィーの目が冷ややかに哀れんでいる、だと…?
まったく、心底どこまでも失礼な女だな。


「君は大いに俺に感謝して大切にするべきだと思うんだが」

「人間には“戦う”本能がある。しかし、この本能を奪ってしまったら人間は成長せず、退化するだけ。前提が平和にすることなら、これは間違いであろー」

「華麗に無視とはこのことか…!あー…良くも悪くも競い合うことは大事ってことか。じゃあ、言語とかは?」

「言語は社会を構成する上で最も重要な能力。大まかに社会が乱れていない状態を平和というなら、言語がなければ社会は成立しないよー」


彼女は面倒臭がり屋ではあるが、馬鹿ではないのが美点だ。
社会は実に広範で複雑なため確かな定義は難しいとされているが、継続的な意志の疎通と相互行為が行われ、ある程度の度合いで秩序化や組織化された一定の人間の集団があれば、それは社会と考えられる。
とすれば、意志の疎通に最も必要とされるのは言語。
ソフィーの言うように、言語がなければ社会は成立しないのならば、同時に平和も成立しないということになる。


「――だったら、ソフィーは何が無くなったら平和になると思うんだ?」

「まず、フィロは戦争の原因ってなんだと思うかね?」

「は?…そりゃあ、政治とかが原因だろ」

「うん、それも間違いではないけど、正解でもないねー」


彼女曰く、戦争は政治的要因の他にも軍事や経済、文化といったあらゆる内外的要因が高度に複雑に関係して発生する重層的な事象であり、根本的な原因を求めることは非常に非現実的で非歴史的なことらしい。
そして、人間の変化というものは複雑であり、人間の行動や決断の最終的結論は容易に予想できるものではないのだという。
よって、ソフィーの質問の答えは“人間そのもの”と曖昧でありながら真理的とも取れる回答に行き着くようだ。
要は、人間さえいなくなれば平和になるということだろうか。


「否、人間がいなければ社会は成立しないのだから、質問の平和とは異なってくる」

「あくまでも、最初の質問が前提での話か」

「まぁねー」


なんとも皮肉な話ではあるのだが、現実この世界に人間以上に悪害な生き物はいないのだろう。
そうなると、人間が存在する限りは世界に平和など訪れることはないのかもしれない。


「そもそも人間には戦う本能があるんだったか?それなのに平和を願うってのも虫のいい話かもな」

「人間は愚かにも欲深く、矛盾だらけの生き物だからねー」

「だから争い、戦争は繰り返されるってわけか」

「そうそう。もう一つ言うなら、世界のあらゆる神話に神々が戦う話もある。神様すら争うのに、人間の世界から戦争が消えるだなんて到底思えない」

「なるほど。それは一理あるな」


人間より遥かに優れた存在であるはずの神ですら争うのであれば、確かに争いのない人間の世界など夢物語にしかすぎないのではないだろうか。
平和なんてものは空想の産物でしかないのかもしれない。
だが、想像するだけなら自由だ。
何の根拠もなかろうが、どんなに傲慢で不条理であっても想像だけなら如何なる答えを導き出そうが許される。

では、改めて問おう。


「――神様は世界を平和にするために、人類からあるものを奪うことにしました。さて、それは一体何でしょう?」

「答えは“平和を願う心”。または、それに関する思考や感情」

「……その理由は?」

「“平和のために”って謳い戦う人間って結構多いとワタクシは思うんだ。その願望が図らずも戦いを招くこともあるはずなんだよ」

「平和のためといえど、争うことには変わらないってか」

「それに、平和というものを知らなければ、誰も社会の異常なんて気付かない。人間はありのままの環境を受け入れるだけになるはずであろー」


平和こそが全世界の至上の願いであるはずなのに、なんと皮肉なことだろうか。
純粋な願いすらも凄惨な惨劇を引き起こすきっかけになりえるというのだから、人間とは本当に恐ろしい生き物である。
同族で醜く争う生き物が人間というなら、それも致し方ないことなのだろう。
もし、人間が“平和を願う心”を神に奪われたとしたなら、世界は平和になるのだろうか。


「さぁね。それこそ、神のみぞ知るってとこじゃないでしょうか」

「適当だな」

「実際、平和という空想に興味がわかないのだよー。それに、ワタクシは面倒臭がり屋ですからー」

「なるほど。それなら仕方ないと納得するしかないな」


ソフィーの見解では平和は空想の産物という認識で定まっているようで、これ以上に深く考えるほどの価値はないらしい。
平和というものが空想の枠から外れることが出来たなら、また話は別なのだろうが。
だが、面倒臭がり屋の彼女にしては珍しくまともに議題に付き合ってもらえたことだし、本日はここまでにしておこう。



世界、平和論。


(ある意味では、)

(こんな談議が出来ること自体が平和そのものなのかもしれない)



―――――
フィロソフィー=哲学。


2013.4.27




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