散りゆく桜に思いを込めて




「そこな小娘っ、そこに居座られては我が上に登れないであろう!邪魔じゃ、退け!」

「……鏡で自分の姿を見てから来やがれ、ドチビ」

「ど…っ!?」


周りにあるのは山と畑ばかり。
そんな閑散とした土地に聳える立派な一本の桜の木は、春に花を咲かせることでその土地に華を与える。
その大きな枝の上に座り、幹に背を預けながら薄紅の間から覗く空を見るのが好きだった。
今日ものんびり桜と空を眺めていれば、下から煩い子供の声。
眉を顰めつつ視線を落としてみると、そこには着物みたいな和服を着た小さな子の姿があり、こちらを睨んでいた。


「この我に向かって何という言い草じゃ!」

「明らかお前より年上な私に向かって小娘とか言うほうが失礼でしょうよ。ちなみに私は男だ、一応」

「う、うるさい!とりあえずそこを退け!役目が果たせないではないかっ」

「……役目?」


言い返せなくなると話題を逸らすあたりは、さすが子供といったところか。
役目と口にした子供はよじよじと木を登り始め、やがて私が座る枝のすぐ下にまでやって来ると再び私を睨み付けてくる。
まったく、可愛くないガキだ。


「我の役目はこの桜の木に登って歌をうたうことじゃ!」

「…昨年までは違う女がやっていたよね。その人はどうした?」

「……母さまは、春を迎える前に逝ってしまった。だから今年から我が役目を果たすのじゃ」

「……そうか。元から身体の弱い人ではあったが…儚げで、美しい人だったな…」

「そうであろう。母さまは本当に美し…ってお前、母さまを知っているのか!?」


この土地には、とある言い伝えがある。
土地が酷く枯れ果てた時、山から降りてきた神が桜の木の上で歌をうたうと、たちまち地が潤い、豊かになったというものだ。
それからというもの桜が咲く時期に神の代理を一人選び、桜の木の上で豊穣を祈願する行事ができた。

昨年まで神の代理を務めていた女のことは良く覚えている。
桜花のように儚げで美しかったその女は、歌声も本当に素晴らしいもので。
歴代の代理の中で最も神の代理に相応しい人だった。


「逝ってしまった美しい人のために、餞の歌でも贈ろうか…――」

「…!!お前っ、いや貴方は…!」


青く澄み切った空の下、桜咲く木の上で奏でるは祈りの歌。
ひらひらと舞う薄紅の花びらが、風に煽られ天高く上ってゆく。
まるで、この歌をあの人にへと届けてくれるように。


「――…おチビ、今年の豊穣と繁栄は約束しよう。だが、来年の春までに歌を上達させておけよ」

「チビと言うなというに!じゃなくっ、貴方は穀霊だったのか…!」

「……さらば、美しいあの人の子よ。また、次の春に」



散りゆく桜に思いを込めて


(もう、あの歌声を聞けないのは残念だが)

(美しい人よ、)

(どうか安らかに永遠の眠りを)



―――――
“さ”は穀霊、“くら”は神座。桜は山から田畑の神が降りる依代とされる、をモチーフにしたお話でした。
途中までおチビを穀霊だと思ってた方がいれば、嬉しいです(笑)


2012.4.25




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