小さき彼へ、紡ぐ真実は。


人とは、
なんと愚かなものだろう。


「――…何を今更。」

「今更でも言いたくなるのだよ。妖の女よ、主(ヌシ)もそう思うじゃろう?」

「まぁ、否定は出来ないねぇ」


妖の女はクツクツと小さく笑いながら問い掛けに肯定を示して、自身の膝に寝転ぶ彼の頭を撫でた。


「何故人間は自ら死に急ぐのか。我らからすれば全く理解できん」

「数の割りには身も心も脆弱だからさ。その上に甘ったれで、驚くほど無知なのだよ」

「はっ。救えんな人間共」

「おやおや。随分と機嫌が悪いようだねぇ」


体を丸くさせながら心底からの悪態を吐く彼は余程虫の居所がよろしくないらしい。
その理由を、知る者ならば誰もが同意を示すだろうと女は思いながら闇色の瞳に憂いの色を浮かべた。


「妖の女よ、主らは人間には無い特異な力があるのだろう?何故、その力を持って人間に干渉しないのだ?」

「いわばアタシらは闇の化身だからね。闇が光の世を侵してはならない摂理なのさ」

「…ならば問いを変えよう。その力で人間に制裁を与えてやりたいと思ったことはあるか?」

「否、とは言えないね」

「ならば、何故……」


そうしなかったのか、と問う声はか細く、まるで泣いているようで。
長き刻、存在し続けている妖の女には彼の胸中など察しがついているらしく、その問いには敢えて答えようとはしなかった。


「皮肉なものだな。生に必死な君らより、遥かに長く生きられる人間が、命を粗末にするとはね」

「ああ、全く腹立たしいったらない。」


彼は言う、人間の都合により縮められた寿命は二、三年。
妖はさておき、人間の寿命と比べても僅かしかない生を必死に生きているというのに。
当の人間たちは時に命を粗末に扱い、易々と踏み躙る。
そのなんと理不尽なことか。


「我々は生きるためならば残飯も漁り、泥水すら啜る。安寧に生きる同族を羨む余裕など無く、必死にその日を生きるのだ」


そんな醜い生き方をしても尚、生にしがみ付いているのに。
それなのに、何故、人間共は…っ


「……もう、およしよ。君は必死に生きた。醜いなどと思わず、その生き様を誇るがいい」

「…っ、妖よ、長き刻を見てきた妖よ。この世の生は、命は本当に、みな平等、か…?」

「………否。現世は無情である。気高き者、尊き無垢な者が生きるには、酷な世であろうな」

「…それが、主が説く、この世の真実か」

「ああ。アタシの、この答えでは不服だったかい?」

「否、充分だ」


ありがとう、と先程まで不機嫌だった彼が、初めてその顔に笑みを浮かべた。
だがその笑みには儚さも窺えて、小さな体に背負うのには残酷過ぎる真実だったことだろうと気付かざるをえない。
膝の上に寝転んだ彼の体を抱き上げてみれば、やはりその体は小さく、か細くて。
ガラス玉のように綺麗な瞳と視線が交わると、彼は一度ゆっくりと瞬きをした。


「邪魔したな、妖の女よ」

「いいさ。逝く前に、少しでも君の憂いが晴れたなら」

「……ありがとう」


礼の言葉を最後に、小さな彼は光に包まれ、やがて消えてしまった。


「――…哀れな猫の君に、全ての無垢な命に、幸あらんことを。」


膝から消えた重みに、掌に残る僅かな温もりに寂しさを覚えながら妖の女は天を見上げて、せめてもの餞にと言葉を紡いだのだった。



小さき彼へ、紡ぐ真実は。


(小さき命が必死に生きているというのに)

(人間よ、)

(死に急ぐ愚かさを知れ。)



―――――
重い話ですみません。
ですが、執筆したことを後悔はしていません。

小さき彼は『猫』。
十年は生きれるはずの猫ですが、野良になると二、三年しか生きられないそうです。
そんな彼らからしたら、人間の命に対する扱いは腹立たしいものでしかないのだろうと思い、書いてみました。

ちなみに猫の瞬きは、愛情表現の一つらしいですよ。

2012.1.24





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