妖の自由理論。


「生き物に自由などない。」

「……ねぇ、君が言うと何か語弊がある気がしてならないんだけど」


月光に照らされた縁側で、和服の胸元を大きく着崩した女が煙管を片手に艶やかな唇から紫煙を零す。
その姿はあまりにも妖艶で、この世のものとは思えぬ美しさがあった。
月を見上げながら紡がれたのは、嘲笑混じりの否定。
女の背後に立つ聞き手である男は壁に背を預けつつ、生き物、と口にする相手の違和感を鋭く指摘した。


「失礼な男。アタシだって一応は生き物さ」

「何百年も長いこと存在してて、死というものが曖昧でもかい?」

「まぁ、確かに。アタシらに確定された死はないねぇ」


ただ闇に還るだけ、だと笑う女は文字通り現世のものではない。
俗に言う、妖(アヤカシ)といわれるものなのだ。


「とりあえずお聞きよ。何百年も存在するアタシの見解をさ」

「妖に、生き物のなにを説くというのやら…」


まったく可笑しな話だ。
妖という存在自体が曖昧で不確かなものに、生き物の見解を説かれるなど。


「生き物に自由などない。必ず、何かに縛られて生きている」

「……自由なんて、そもそも抽象的なものだろう?」

「そうさ。だが、こうして“自由”という“言葉”が存在しているからには、何かしらの意味があるってことなのさ」

「それはそうだろうけど…」


女はいつも言う。
意味のないことは無いのだと。
しかし、議題の“自由”について人間ではない妖ならではの見解を知ったとしても、妖ではない人間が理解することが出来るのだろうか。


「人間というのはけったいな生き物さ。自由を欲しがるくせに、本当に自由であれば生きられないのだから」


遠い月をその瞳に映しながら煙管を口元に運び、また一つ紫煙を吐く。
女は淡々と自身の見解を続ける。


「物事を選ぶ自由、はあるだろうね。だが人間に、いや…生き物に自由は皆無だ」


世には摂理や法則がある。
それらが存在する限り、自由など空想の産物なのだ。


「何人も操作など出来ない事柄。身近なもので例えるなら時間かな。誰しも流れる時間は等しく、進めることも止めることも出来ないだろう?」

「まぁね。長短の差はあるけど」

「それだって一個人が選べるわけでもない」

「じゃあさ、さっきの人間は本当に自由になったら生きられないって、どういう意味なんだい?」

「ああ、あれはね…」


至極簡単なことさ、と唇に綺麗な弧を描かせた女の表情は、どこか冷酷にも感じた。


「摂理も法則も無く、額面通りの自由を前にすれば、生き物は善悪の判断基準が無くなるからさ」


善悪の判断基準。
要は、普段何気なく繰り返している衣食住も、交流や言語の概念が無くなるということだろう。
極端に言い替えるならば、全ての常識が無に還る、だろうか。


「考える、という能力は案外重要なのさ。すべき事がわからなければ、どう生きていいのかすらわからないのだから」


女の言葉は一見、安くも取れるだろう。
しかし、言葉の一つ一つをよくよく考えてみれば結構恐ろしい内容だ。


「自由って言葉は、不自由な現実への逃避、慰めなんだろうよ」


不自由な生き物に対する、ささやかな救いが自由という言葉なんだと女は説いた。
妖の目線の見解は、あながち的を得ている分、余計に恐ろしく思えてしまう。


「自由など欲する前にさ、人間は身の程を知るべきだね。人間は人間が思うほど万能ではないのだから」


最もこれは、数百年という長き時間で観察してきた自身だからこそ言えるのだと、美しい妖の女は軽く笑った。



妖の自由理論


(結論、)

(人間は少しばかり不自由なくらいが丁度いい。)


2012.1.15





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