独り善がりな愛欲。

―銀骸・雪花(玉雪)―


“その清廉な紅梅色の瞳が、欲に染まるところを見てみたい”

――なんて、気紛れにしても我ながら邪なことを考えたものだ。
現世に赴き、たまたま複数の下級妖怪が一人の遊女を囲い、追い詰めている場面に出くわした時のことだった。
邪魔するつもりも、ましてや人間を助けるつもりなどなかった俺は何事もなかったかのようにその場から去ろうとしていた。
だが、ふと女の瞳が真っ直ぐに俺を捕らえたのだ。


「―――ほう…」


その瞳は珍しい色をしていた。
色名でいうなれば桃か――いや、紅梅色になるだろうか。
状況における恐怖の色以外にも、やや陰を帯びてはいたがそれは美しい瞳だった。
妖は美しいものや特別なものを好む傾向にある。
それは俺も例外ではない。
恐らく、群がる低級共は女の容姿だけではなく、紅梅色の瞳にも惹き付けられたのだろう。


「娘、助けられたいですか?」

「………貴方、が…わ、私を?」

「ええ。ただし、一つだけ誓ってもらいます」

「…な、なにを……」

「俺に、その瞳を捧げなさい。」


興味が沸いた。
清廉でいて、憂いの色を映す紅梅色の瞳を、俺が別の色で染め上げてみたい。
そんな下心で俺は低級共を蹴散らし、人間の女を助けたのだ。

それから遊女は名を玉雪(たまゆき)、本名は雪花(せつか)と名乗った。
歳は18らしいが、顔立ちが幼いせいもあって女というよりも少女という印象が強い。
しかし華奢な肩をしている割には発育の良い大人の女の体つきをしていて、年相応の色香を感じさせる。
幼い頃に他者とは異なる瞳の色を恐れられ捨てられたという過去があるようだが、性格に歪みなどは見受けられない。
遊女にそぐわない純粋さを持ち、儚げな容姿とは裏腹に芯は強く、己の信念に忠実な女。
その様は今までに見てきたどの女とも異なっていて、より興味をそそられた。

その雪花が、この世で一番に俺を慕っているのだと告げてきたことがあった。
俺が人間ではなく妖、しかもそこそこ名の通った人食い妖怪と知りながら、だ。


「私は銀骸様が何であっても構いません。親ですら忌み嫌った私の瞳を、美しいと愛でてくださったのは貴方だけでした。その幸せを言い尽くすには言葉が足りないのです。だから瞳だけではなく、身も心も……雪花の全てを銀骸様に捧げることをお許しくださいませんか」


怖いもの知らずなのか、ただの物好きなのかは判断しかねるところだが。
触れることも、口づけも、抱き寄せることも、体を幾度も重ねることすらも、俺がすることなら雪花は何一つ拒まなかった。
最初こそ快楽に酔っているだけかと思っていたが、この女はいつも俺だけを見つめていた。
文字通りに、心から俺自身を求めていたのだ。


「……んっ、銀骸様…ぁ……もっと、私を…っ」

「……望まれるだけ差し上げますよ。だから、その瞳をもっとよく見せてください」


楼閣だというのに、俺の前では遊女の玉雪ではなく、ただの女でしかない雪花として振る舞う姿がいじらしい。
表情や声に滲む甘い切望、潤む瞳は言葉にできない感情を物語ってくる。
そんな女の瞳を愛でるだけじゃなく、飽きもせず抱いては自身ですら真偽があやふやな愛まで囁いてしまうのだから、俺も随分と腑抜けたものだ。
しまいには、この女がまた妖に襲われぬようにと俺の妖印を所有の証として肌に残す有様である。
そのなんと浅ましいことか。


「刹那に終わらせるには、些か惜しいですね…」


長き刻を生きる妖怪からすれば人間の命など一瞬だ。
そんな儚いものに心酔し、唯一にするなど馬鹿げている。
刹那の恋、なんて言葉にするのも不愉快きわまりない。
一瞬で終わらせるには、この執着は重くなりすぎたのだ。


「―――…ああ。それなら、いっそのこと…」


闇に、俺の世界に引きずり込んでしまおうか。
現世とは別の次元に存在する妖の世界、妖浮世。
その名の通り妖怪の世界であるそこに人間が迷うと、日が昇るまでに現世に戻れなければ二度と帰ることはできない。
そして人間でもいられなくなり、妖怪に近しいモノとなる。
たとえ妖印をその身に刻んではいても、雪花はただの人間でしかないのだ。
儚く散る花よりも、どうせならば永遠の花を愛したい。


「銀骸様…?」

「……なんて、戯言でしょうか」


俺がそう望んで手を伸ばしたのなら、きっと雪花は躊躇いなく手を取るだろう。
人間としての生き方を捨ててでも傍に居てくれようとするはずだ。
容易に想像できてしまう光景に苦笑しては溜息が零れた。
どうやら欲深さは妖も人間もそう変わらないらしい。
この世に散らず枯れずの花などありはしないのに。
永遠というものは幻想なのだと、妖は人間よりも深く理解しているというのに、くだらぬ自己満足で突き動かされそうになるとは俺もまだまだ成熟しきっていないようだ。


「奪い奪われは世の常ですが……いつか、君が望んでくれることを願って気長に待つとしましょう」


いつかの未来を心待ちにしつつ、告げれぬ本心を呑み込むと隣に寝転ぶ女をそっと抱き寄せた。
幸せそうにはにかんで胸に埋まる雪花に思うのは、愛しさとほんの少しの焦燥。


「……どうかなさいましたか…?」

「どう、とは?」

「なんだか寂しそうな、切なげなお顔をしていましたから…」


普段と違う雰囲気を感じたのか心配そうに見上げてくる紅梅の瞳。
そんなふうに問われても、言えるはずがない。
一人の女を心底から求めているというのに、ままならず焦がれているなどと。
感傷に浸るなんて、らしくないのは重々承知しているつもりだ。
だからこそ、お得意の手練手練で誤魔化す狡さを、どうか真意に気付かないままで流されてはくれまいか。


「……少し、感傷的になっていたようです」

「感傷、ですか…」

「ええ。――慰めてくれますか、君で」

「なぐさ……えっ…きゃあ!?」


眉を下げて弱ったふうを装ったのも一瞬のこと。
状況を把握しきれていない彼女を組み敷いて、滑らかな曲線を描く首筋から開けた胸元に手を這わせた。

夜一夜、たまには我儘に付き合わせてもいいでしょう?
まだ夜が深い内に、想いを口にできぬ代わりに愛欲を注いでも。
そんなことを思案して細く笑むと、雪花の胸に刻んだ俺の妖印に唇を落とした。



独り善がりな愛欲。


(何も知らずに甘く鳴く君が)

(時に、とても憎らしいですよ)



―――――
夜一夜=一晩中。

銀骸と雪花の馴れ初め(?)に触れたお話でした。
最初はただ暇潰しにも等しい邪な欲で構っていただけだったのに、いつの間にか愛情を抱いてしまった銀骸は彼女を欲するようになったんですね。
でも自分が望めば容易く手に入ると分かっているからこそ、雪花自身に望ませたいわけです。

妖印はきっと執着の表れでもあるんだと思います。
ちなみに妖印はそこそこ力のある妖怪が持つものであり、妖力による印は普通の人間には見えません。
銀骸の妖印は黒い炎を模したものになる、予定です。←

今回は銀骸視点でしたが、雪花視点のお話も書いてみたいです。


2013.9.30





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