仲が悪い訳じゃない。

―銀骸・朱魏―


あの世とこの世とは全く異なる次元にある世界。
魑魅魍魎、跳梁跋扈の時代の色が薄れ人間の時代へと移り変わった現世では生きにくくなった妖怪たちの新たな居場所として創られた異次元世界、“妖浮世(アヤカシウキヨ)”。
世界の造りは日本的でやや古風だが現世とそう変わらない街並で、自然も豊かで美しい。
闇の化身が住まうこの世界でも太陽は存在し、夜には玲瓏なる月が夜空を彩る。
現世と異なる点があるとすれば、人の世のような身分差など無く完全なる個人の才能、実力主義といったところだろうか。
故に妖怪たちが重視するのは妖力の強さ、広く強大な心、深い知力、容姿の美しさといったところだ。

現世から移り、此処に住まう妖怪も至って様々だ。
人を喰うものに喰わないもの、気の荒いもの、災いをもたらすもの、化けるもの、騙すもの、惑わすもの。
姿にしても狐や狸といった獣に、唐傘や鏡といった物、言葉では言い表わせない異形や姿形が曖昧なものも存在する。

そして…―――


「よう、遊び人」

「……君にだけは言われたくないものですねぇ」


人間とまったく変わらない姿をした彼らもまた妖怪で、妖浮世の住人である。


「毎晩飽きもせず女をはべらせているのは君でしょうに」

「まぁ、そう言うな銀骸。わしらの間柄からすれば、これくらいは挨拶だろ?」

「はて、どんな間柄になればこんな挨拶になるのか、納得のいく説明を願いたいものですね、朱魏」

「その嫌味な口振りは相変わらずだな…」


濃紺の着物に黒の羽織りという装いをし、肩に掛かるくらいの長さの黒髪に、青みがかかった冷たい銀色の瞳を持つ長身の男の名は銀骸(ギンガイ)。
その彼と相対するのは、不揃いでやや癖のある色素の薄い茶色の髪を左首元で緩く結び、金色の瞳をした若い男。
鮮やかな赤色の着物を肩や胸を大きく露出するように着ていて、右胸には崩した“酒”の字、雰囲気から豪快さが見て取れる彼の名は朱魏(シュギ)。
銀骸の嫌味な口調に朱魏はやれやれと肩を竦めると、つれない反応をする友の隣に並び一方的に肩を組む。
そんな二人の関係はただの友人ではなく、悪友の一言に尽きるだろう。


「暑苦しい。」

「お主のその自分に素直な部分は好ましいが、友を相手に些か冷たすぎやしないか?」

「会った第一声に“遊び人”呼ばわりする友など、こちらから願い下げですよ」

「根に持ってくれるなよ、相棒」


はたから見れば険悪とも取れる会話だが、これは互いに気心が知れた相手だからこそのものだ。
嫌な顔をしつつも肩に乗せられた朱魏の手を払わないでいるのがその証拠だろう。


「丁度いいところで会った。ちぃとばかり飲み足りなくてな、折角だから付き合え」

「……構いませんが…そんなに酒と女の香を匂わせてまだ足りないとは、蟒蛇は蛇だけではなく鬼もなんですかねぇ」

「鬼が蟒蛇なら、骸骨はなんだっていうんだ」

「さぁ、どうでしょうね。俺の元となったモノの中に酒豪がいたんじゃないですか?」

「仮にも自分のことなのにえらく他人事だな」


前記で触れたように彼らは姿こそ人間だが、人ではない。
朱魏は鬼の頭領である“酒呑童子”、銀骸は人間の骸骨と怨念により生まれた“がしゃどくろ”という凶悪な人喰い妖怪だ。
しかし、妖怪として長い年月を生きた彼らは人喰い以外のことに悦楽を覚え、気儘な性分も手伝い妖浮世からわざわざ現世に行ってまで人間を狩ることはしなくなった。
朱魏にいたっては人を喰わなくなってから鬼の本来の力が弱まってきているらしいのだが、本人はまったく気にする様子はない。
そこは妖怪ならではの心の寛大さ、豪快さといったところだろうか。


「それで、何処で飲むんです?」

「妖浮世一の美姫のいるところかの。極上の華を愛でながら飲む酒は美味だからな」

「……変り者と名高い化け狸が美姫などと、女郎蜘蛛や妖狐が聞いたら泣きますよ」

「何を言うか。縁の麗しい美貌に艶めかしい身体、華奢でありながら柔い感触は絶品だぞ!特にあの豊満な胸!!」

「往来で堂々と女体について語るのはお止めなさい。本日も絶好調な変態ぶりは理解しましたが」

「今宵こそは床の相手も…!」

「目的が酒から女になってますよ。というか、縁のいる楼閣ってのは決定事項なんですね…」


はぁ…とあからさまに呆れた溜息を吐いた銀骸は片手を額に当てて隣を歩く友の奔放さに苦笑いを零す。
女への下心丸出しなことを語る朱魏の口が閉じる気配は残念ながら皆無。
銀骸自身も自由人であるためか今の状態の友を黙らせるのは無理だと判断し、他者の何とも言い難い視線から逃れるべく楼閣へと向かう足取りを早くする。


「君が女と何をしようと勝手ですが、せめて発言くらいは場所を選んでくれませんか」

「おぼこいこと言うなって。お主とて女好きだろうに」

「否定はしません。が、俺は君と違って他者の目がある場所で堂々と口にしたりはしませんがね」

「嫌味に手厳しいやつだな…!」

「ああ、そうそう…―――」


黙らせられはしないと分かってはいても溢れる不満はどうしようもないもので、得意な嫌味口調に不満を織り交ぜて細やかな仕返しをする銀骸。
その仕返しに対して朱魏は不貞腐れつつも負けじと言い返すが、ふと言葉を途中で切りニヤリと悪い顔で笑う銀骸を見て嫌な予感を覚えた。


「君から誘ったんですから、女と酒代はよろしくお願いしますね」

「なにっ!?お主、実は鬼だろ…!!」



仲が悪い訳じゃない。


(……多分。)

(悪友なんてこんなもんだ)



―――――
酒呑童子の朱魏は桜真さんから提供していただいたキャラです。
世界観の描写も書かなくてはいけなかったので、予想よりちょい長くなってしまったのぜ…。

妖浮世は強大な妖力を持った、とある妖怪が異空間に創った創造世界になります。
現世には幾つか妖浮世へと続く道(?)があり、両世界を行き来することが可能となっています。
稀に人間が迷い込むこともあるので、異能持ちで物好きな人間はそのまま妖浮世に住み着いたりしそう。
また、人間だと迷い込んだまま帰れなくなる場合もあるので、現世でいう神隠しは妖浮世に起因していたりね!


2012.9.22





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