(京天) ――この世で一番チョコが好き。だから剣城は二番目。 そんなクソかわいいことをこいつは真面目に口にする。女子か。お前は女子なのか。 そんなチョコ好きな松風はさっきからケーキ屋のショーウインドウをじっと見つめて固まっている。視線の先には苺ののったシンプルなショートケーキとチョコケーキ。 「何を迷ってるんだお前」 「見ればわかるでしょ。チョコケーキを食べたいんだけど、一番安いショートケーキとの四十円の壁」 「ケチ臭」 俺を無視してまたじっとケーキを見比べ始めた。もう十分が経っている。そろそろ店員も困ったような表情を見せ始めた。そりゃあ十分も商品棚の前陣取ってもらっちゃ商売として迷惑だよなあ。 四十円で何故そこまで悩むのかと聞いたら「家計」と一言答えた。 「オレ独り暮らしで仕送りしてもらってるんだけど、いつもギリギリでさ。今、月末で厳しくて」 「なら買わなきゃいーじゃねえか」 「ダメだよ。オレ週末はケーキって決めてるんだから。一人暮らしの醍醐味でしょ、好きなものを食べたい時に食べるって」 それからまたうーんと唸って悩みだす。ちょっとこの店員がかわいそうになってきた。しょうがねえ。 「なら俺がその四十円だすからチョコケーキ買えよ」 「え? いいの?」 「いいからほら。早く買って帰ろうぜ」 財布から四十円を出して松風にやると、こいつは目を輝かせてその四十円を受け取り店員にチョコケーキ一つと注文して自分の財布からショートケーキ分の金を取り出した。店員がほっとしたような顔でショーウインドウからケーキをだして箱詰めする。 「ありがとうございました」 店を出たのは入店してから約二十分後だった。 「剣城本当にありがとう!」 「たった四十円だろ。いいって」 「本当になんてお礼を言ったらいいか……!」 「だからいいっつてんだろ。寧ろこれっぽっちでそんな感激されても気味悪いだけだからやめてくれ」 「人がお礼言ってるんだから、そこはどういたしましてだよ」 まったく、と言って今度は怒られる。あんまり人に礼を言われることがないから照れくさいんだ本当は。 松風の話を聞きながら歩いていると木枯らし荘が見えてくる。その前まで来てじゃあなと言って帰ろうとすると待ってよと引き止められた。 「なんだよ」 「寄っていきなよ。四十円分剣城に食べさせてあげるから」 「…なんだそりゃ」 「あーん、ってしてあげるから。な」 たった四十円が小さな幸せを運んできた。あくまで仕方ないという雰囲気を出しながらも内心うれしさでいっぱいだった。礼を言われるのもたまには悪くないなどと思って、松風の一番を食べて俺を一番にしてやろうと馬鹿みたいなことを考えた。俺らしくないなホント。 チョコレートの海で溺死 110729 title::hakusei -------- 隣の席の女の子が「この世で〜好き」って言う冒頭のセリフを言っててキュンときたので笑 |