負け試合でもやめたくない



まぁね、おれもそういうことしてたし、きみだって男なんだし、もちろん悪いことじゃないし、だからさ、文句を言いたいわけじゃない、ほんと、ほんとに、だって、あわよくば、だよね、やりたいもんね、男だもんね、うん、だからさ、きみが女の子を口説くことに、文句を言いたいわけじゃない、ていうか、そもそも文句なんて言えない、権利がない、片想いしてる奴が、そんなこと言う権利なんてない、だからさ、文句を言いたいわけじゃないんだって。

でもね、一言だけ、一言だけ、いい?

(なんで、わざわざ、おれのバイト先の居酒屋で、女の子をホテルに連れこもうとしてんだよッ!)

おれは見た目どおり、性格も明るいなって、うじうじしないなって、ポジティブだって、恋をしても緒猛突進だなって、そう思ってたんだけどさ、いや、今までつきあった女の子たちにはおれからどんどんアプローチしてたんだって。だけどさ、男にどうやってアプローチすればいいわけ?
例えば、すきすきすきすき、ちょー愛してる!ラブ!だいすき!デートしよ!キスしたい!セックスしたい!ねぇねぇ、大地くーん!

「むりだろ」
「やっぱり?」

母畑はマックシェイクを汚い音をたてて吸いながら、そう言い捨てた。そのそっけなさにムッとする。でも、もう一面で、そのそっけなさに安心するおれもいた。ここでわざとらしく慰められたら、惨めで惨めで泣いちゃいそうだ。

「で、どーしよ?」
「がんばれ」

ヘラヘラ、しやがって母畑てめぇ、おまえやっぱり見栄っぱりだよ、男に片想いしてた先人としておれになにかアドバイスしてやろうって気にはならねぇの?おれなんかおまえに比べたら難易度低いだろー?おまえ、同高の生徒と教師、おれ、他校の先輩と後輩。ほらほら、どーよ。っていうか、おまえもう監督とやった?
…言わねぇけど、そんなこと言わねぇけど!おれはさ、勉強は微妙だけど、頭は悪くない、と思う。友だちが言われたくないこと、知られたくないことがなにかぐらいわかるし、恋愛の難易度に立場なんてたいして関係ないこともわかってる。恋愛の難易度を決めるのは、相手がじぶんを意識しているかいないか、だ。
そして、悲しいことに大地くんはおれのことをじぶんに懐いている犬ぐらいにしか思っていないのだ。ワンワン、大地くーん、遊んで遊んで、(おれのことすきになって)

「あああ〜、」

机に突っ伏す。マックのプラスチックの机は固いし冷たいしおれにぜんぜんやさしくない。おれを無視してスマホを弄ってる母畑もぜんぜんやさしくない。
でもさ、はじめにも言ったけど、わざとらしく慰めてくれなくて、やさしくしてくれなくてありがとう。さすがに十九歳にもなって、びょおびょお泣くのは正視に耐えない。

だからさ、そのときはグッとがまんして、母畑と別れたんだ。人前で泣かないぞ、って決意を新たにしてさ。でも、その二日後に人前で泣きそうな場面に出くわすなんて思いもよらなかった。
ねぇ、大地くん、おれはきみのそんなところは知りたくなかったなぁ…。

(いや、別にいーんだけど!)

絶賛奮闘中の大地くんは4番テーブル、おれが生ビールを両手いっぱいもって参上したのはその隣の隣の6番テーブル、いやー、お兄さん力もちだねー、あっははは、ありがとうございまぁす、なんて酔っぱらいのリーマンと軽口を言い合っていたら、チラッと、目の端に映ってしまった。センサーが反応したんだ、すきな人どこどこセンサー、発見しました!あなたのすきな人は4番テーブルで女の子のクソみたいな恋愛相談にのってま〜す。
……女の子の恋愛相談にのるってことは、あれでしょう。けっきょくのところ、下心、そんな奴やめておれにしとけって!(まぁまぁ、一発やりませんか)ってことでしょう。

はっはっは、大地くん、きみも猛る獣でありましたか。

(いや、別にいーんだけどね?)

だって、おれってば片想いだし、そんな権利ないし。
って思ってたんだけど。

「いやいやいやいや、よくねーよ!」

休憩時間、トイレで叫ぶ。よくない、よくない、ぜんぜんまったくこれっぽっちもよくなんかない!
だってさ、だってね?おれってば片想いだけど、あわよくば大地くんとおつきあいしたいと思ってんだよ。きちんとしたおつきあい。告白して、手を繋ぐまでに一週間、キスするまでに三ヶ月、えっちをするまで半年、そんな、きちんと段階を踏む、そういうおつきあいをさ、したいの。
だから、だから、一発やったらあんがいよくってずるずる関係をつづけちゃっていつのまにかお互い結婚適齢期あらあらじゃあもうこいつでいっかリンゴンリンゴン、みたいな、そういう芽は摘んどかないとだめなんだよ!

「なんつーじぶんかってな理屈だよ」

そう、頭の中の母畑が言うけれど、知るかよ知るかよ、だって、だってだってだって、いやなんだよ、おれが、おれが大地くんとつきあいたいの!

「ご注文の軟骨のからあげとサーモンのカルパッチョと生ビールとモスコミュールです」

ニコニコしながらテーブルに運んでやったよ。わざと営業用の声を封印して、バレーの試合の時みたいな声を出してさ。ナイサーッ!

「あっ、……りがとうございます」

ん?って顔してこっちを見たあと、大地くんは思いっきり気まずそうな顔をしてくれた。よかった、おれだって気づかれなかったら、どうしようかと思ってた。
そして、ここが勝負どころだ。きめろよ、照島遊児。この一瞬に全てを賭けろ。

「ふーん」

よっし、決まった、ゲームセット。おれの勝ち。

とくべつなことはなんにもしてない。だって、おれは、品定めをした「ような」目をして、見下した「ような」声を出して、おもしろ「そうな」雰囲気で、注文された品をトントントンとリズムよく置いて、くるっと踵を返しただけ、だけ、それだけでもう、おれの勝ちだ。
大地くん、きみは今、猛烈に恥ずかしいはずだ。すべての男たちに共通するプライドの頬が真っ赤になって熱をもっているはずだ。わかるよ。おれも男だから。男だからこそ、きみの弱点が、女よりもはるかに鮮明に見える。
これは試合だ。だから、きみの弱点をついたよ。大地くん、さっきまでの下心は音をたてて萎んだんじゃない?もう、てきとーに飲んで、てきとーに女の子を駅まで送って、てきとーにオナニーして寝たいな、ってそう思ってるでしょう。だからさ、

(この試合はおれの勝ちだ)

だからさ、おれは気分よく、勝利に浸って気分よく、家路につこうとしていたわけ。なのにさ、なんで、なんで、きみがそこにいるの。
ねぇ、なんで、大地くん、やめてよ、おれに向かって親しげに右手を上げないで。

「久しぶりに会ったからさ、」

もうちょい話してぇな、って。
体重をあずけていたガードレールからゆっくり離れて、大地くんはおれに近づいてくる。うれしいことをしてくれますね、うれしいことを言ってくれますね。なにこれ、なにこれ、話したりないから、バイトが終わるまでまっててくれるなんて、おれたち、まるで恋人同士みたいだ。

(幸せだ、どうしよう、神さま、)

足元がフワフワする。でも、そんなことをおくびにも出さないで、おれは軽口を叩くのだ。

「なにそれ、おれがクローズまでだったらどうすんの?」
「ここ、クローズ何時?」
「二時」
「さすがにそこまではまてねぇなぁ」
「だろーね」
「だからさ、三十分で出てきてくれて助かったよ。どこ行く?」
「ってか、大地くん、終電は?」
「あはは、あと四十分で出る。し、金ないから帰んなきゃ」
「えー、ちょっと」
「まぁ、ゆっくりしゃべって駅まで行こう」

じゃあさ、おれの部屋に来なよ、泊まれば?狭いけど、汚くはないし…。
欲ばっちゃだめだ。でも、欲ばりたい。今夜くらいはいいでしょ、だって、おれ、ずっとがまんしてきたんだし!

「じゃ、」
「やっぱさー、奢んなきゃだめだろ、金なくても、男として、女の子にはいいとこ見せたいし」

リュックの紐をぎゅっと握りながら発した欲は、形にならないまま、消えた。それと同時に、幸せなフワフワも。
あー、あー、そうだと思った、知ってた、けど、でもでもでも、でもさ、本人から言われるとつらい、ね?

「いっしょにいた子?」
「そうそう」
「へー、すきなの?」

なんでもないように、努めて平静に。
でも、心の中は大嵐だ。ちがうって言って、そんなんじゃないよって。お願いだから、そんなんじゃねぇよって。懇願する。神さま、お願い、神さま。

「そんなんじゃないよ」
「やさしくしてくれたから、」
「やさしくしてやりたいだけ」

神頼みっていみねぇよ?
記憶の中の母畑が言う。実感のこもった声で。近所の神社も観光名所の寺でもどこでも頼んで願って祈ってみたけど、そんなんぜんぜんいみなかった。
わかってる、わかってるよ。いみがあるのは行動だけで、想いだけにいみなんてない。

(だから、おれの想いもいみなんてない)

だって、恋愛の難易度を決めるのは、相手がじぶんを意識しているかいないか、だから。大地くん、きみもおれのことをすきになってくれないとだめなんだ。それ以外にいみが生まれる術はない。

(おれのほうがやさしいよ、きみにわがまま言わないし、いつでもごきげんでいる、泣いたりしない、めんどくさくないよ、それにきっと穴だっておれのほうが締まってる)

でも、そんなことにいみなんてないんだ。いくらメリットがある、って声高に叫んでも。
だって、おれは行動できない、きみにおれをすきになってもらえるような行動ができない、真っ赤になって告白とかさ、きみの手を握ったり、抱きついたりとか、そんな勇気があるなら、あったら、あればよかった。
どうしてだろうね?きみがすきな女の子を見下すことは呼吸するよりかんたんにできるのに。

「なにそれ」
「なんだろうなぁ」
「それがすきってことだよ、大地くん」

いみなんてない。このままここから動けそうにない。つらい苦しい逃げ出したい、もうやだ、泣きそう。
それでも、大地くん、おれはきみがすきだ。きみがおれをすきじゃなくても、別の女の子を見ていても、大きな手のひらで肩を叩いて一言、またな、それだけ残して未練なく改札に消えていくような男の人でも、おれはきみがすきだ。どうしようもなく、ただただきみがすきなんだよ。

真夜中の駅に溢れた言葉は喧騒に溶けて消えた。


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