上等な男の子



「こんなことを言うおれをあなたは軽蔑しますか」

すきです、の後にすぐ、そうつづけた。頭がよくて、ずるい男だな、と漠然と思った。

「……そうだな、」

男に告白されたのは、はじめてではなかった。胸に燻る想いを若さの激流とともに吐き出され、押しつけられたのは。それは決まっておれがとくに目をかけて、折りに触れて助言を与えていた後輩だったので、ああ、またか、と、それだけの印象で終わるはずだったのに。
この男は、ちがうな、と思った。想いを表すだけ表して、おれにそれを受けとってほしいと懇願し、その願いが叶わないと知るや、絶望し、おれの前から姿を消した数々の男の子たちと、段竹竜包は圧倒的に異なっていた。

まず、あれは冷静だった。恋愛感情として言います。おれはあなたがすきです。と淀みなく口にし、目線をおれの双眸から外すことなく、直立して、言い切った。
そして、こんなことを言うおれをあなたは軽蔑しますか。と、おれに道を示して、退路を塞いだ。軽蔑する、と答えれば、それまで。軽蔑しない、と答えれば、あれの口車に乗せられてあっという間に左手薬指に輪がかけられていたことだろう。曖昧な言葉でごまかせない。ごまかさせやしない。
そう。よく計算されていた。だから、おれは、頭がよくて、ずるい男だ、いらいらするなぁ。

「軽蔑する。年不相応で、なまいきな奴だ」

優位に立とうとするんじゃない。おれより、背が低くて、声も高くて身体も軽い、走りも思想も完成されていない、子どものくせに、大人面して恋愛をしている気になって…、

「滑稽だ」

悪いがおれは、おまえの想いを受けとれない。おれは上等な男でありたいし、どうせ同性愛者のレッテルを貼られるなら、上等な男とつきあいたいからね。

ここまでひどい言葉を返したのははじめてだった。それは賞賛によるもので、あれの計算と努力を讃えるいみをもっていた。
頭のたりない男の子たちとちがうあれだから、頭のたりない男の子たちと同じ対応ではいけないと思ったのだ。大人面して言葉を使った、あれにおれも大人の面を被って返そう、と。
きちんと恋愛をしようとしたあれに、敬意を表して。

「わかりました」

あれは告白と同じ温度で言い切った。ごまかさないでくれて、ありがとうございます。
だから、おれはこの話はこれで終わりだと、思った。思った、のだけれど。




「すきです」

なんて奴だ、と糾弾されるかもしれないが、おれはあれが在籍している部にたびたび顔を出しては、告白なんてなかったようにあれに接しつづけていた。あれもあれで、はじめこそ傷ついた顔をしていたけれど、それもすぐに消え、ただの後輩の顔になっていった。
だからだろうか、おれはすっかり油断しきっていて、あれの肩に触れたりなどしていた。いいタイムだ、よくやったな。といったふうに。
でも、まさかその行為が、あれの背を押しつづけていたなんて、おれは思いもしなかったんだ。

「一人か」
「ええ、」

あれが高校三年生になって、インターハイも終わって、九月。もう部室にいないだろう、と思ったあれが、いた。なにやら書きものをしているから、元部長として助言でもまとめているんだろう。
几帳面な、整えられた字。その形に年月を思う。二年前のおまえはもう少し、雑な、子どもらしい文字を書いていたね。

「すみません、」
「ああ、悪い。邪魔をして」
「いえ、」

あれがペンを置き、立ち、近づいて、おれの後ろのロッカーの扉を開けた。それは自然で流れるようで、おれはまったく、警戒、というものをしなかった。告白をされた男に息がかかるほど接近されても、まったく。
どうかと思う。今から思えば、どうかと思う。でも、この時のおれは、まったく、まったくだったのだ。

「古賀さん、」
「ん?」

だから、だから、あれがロッカーからノートをとり出して、おれの真正面に立ち、おれの身体をロッカーに押しつけたとして、おれはまったく、頭がついていかなかった。

「古賀さんの身長を抜かしたら改めて言おうと思ってたんですけど、」

そうだ。頭がまったくついていかない。唇に触れた、湿った体温にも。

「すきです」

おれは咄嗟にあれの身体を突き飛ばしていた。
けれど、あれはびくともせずに、おれの頭上で言葉の雨を降らせる。

「どういう感情かは、言わなくてもいいですよね。二回めですし」
「おれがあなたよりも、背が低くて、声も高くて身体も軽い、走りも思想も完成されていない、から、つきあえないんでしたよね?」
「どうですか?あなたよりも、背が高くて、声が低く身体が重い、男になったおれは」

どうって…、と言葉を濁らせる。すっかりペースを崩されてしまった。これはきっと、いいや、確実に、こいつの計算のうちなんだろう。まんまと、罠に嵌められたわけだ、おれは。
走りは見て、わかってる。ほんとうに早くなった。おれともいい勝負をするだろう。思想は、それもたぶん、完成している。おれを出し抜けるほどには。

「……悪くはないな、ッ、」

が、まだ甘い。ふいをついて、段竹の頬を叩いた。予想をしていなかったんだろう。段竹の拘束は緩まって、おれは檻から逃げ出した。
軽蔑は、しないし、年不相応でも滑稽でもない。こいつは二年経って、かなりの上等な男になった。でも、二年経っても、なまいきなのは変わらないんだな。

「優位に立とうとするんじゃない」

ばか。恋愛は対等に、なるよう、お互い努めて、それに、順序ってものがあるだろう。
口を拭いながら、千切れた言葉をぱらぱらこぼす。悪くはなかった。悪くはなかった。適した場所と時間なら、きっと良と評価を下した。

「対等に、」

段竹がこちらを見る。泣きそうに、潤んだ瞳に喉が鳴るのだ。
対等に、努めてきちんと、順序を踏めば、おれは、おれは、それって、

「遠まわしなオーケーサインだと解釈してもいいですか…?」

いちいち、言葉にしないとわからないのか、と、呆れた声音で咎めれば、たちまち、竜の双眸から涙が溢れた。

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