「おい」
「なんだ」
「いや、なにしてんだよ」
「セックス」
セックスしよう。
男の発言に頭がくらくらする。
この肌の青白い、体温のない、氷のような生きものとセックス?セックスをしようって?
なに言ってんだ、こいつ。
「男に興味ねぇんだよ」
拒絶を表すために男の胸を強く押した。
ふざけんなよ、と目で訴えながら。
「おれもだな」
男が言う。それでも、服を脱がす手を休めようとはしなかった。
「それなら、やめろ、よ、…ッ、」
男の手をとっておれは言う。
脈がないことに驚いて、とっさに手を離そうとしたけれど、脳裏に閃光が走って、逆に強く手を握った。
「…だから、おれはおまえに興味があるんだ」
男はおれの握っている手首に口づけた。
おれはますます手の力を強める。
「なんだよ」
「なにが」
「なんなんだよ…ッ!」
「すきなんだよ」
男が言う。真剣な瞳で。
頭がくらくらする。熱をもたない身体のはずなのに、おれを射る瞳は焼けるように熱い。
「おまえだけがおれを人間として扱ってくれるから」
だから。と男はおれの唇を噛む。
男の唇は氷のように冷たかったけれど、その冷たさにぞくぞくした。
−−−−−−−−−−−
「いつかおれを殺してくれるか?」
地上最強の男が言う。おれの恋人が言う。
「なんだって?」
聞き返す。
イツカオレヲコロシテクレルカ?
「いつかおれを殺してくれるか?」
死なないおまえなら、いつかおれを殺せるかもしれない。
死なないおまえなら、おれが怪人になっても、おれを殺せるかもしれない。
「おれを殺すために生まれてきたんだ、おまえは」
生きる理由が、死なない身体の理由が、ほしかった。
それは嘘じゃない。ほしかった。喉から手が出るくらい。
でも…、そんな理由なら、
「糞食らえだ」
愛しい男を殺さなければならない人生なんて。
−−−−−−−−−−−
おれはすきな食べものも飲みものも場所も匂いも服も絵も本も、なにも、ない。
なにもないんだ……。
「ふーん、おれは白菜がすきだけどなぁ」
こんなくだらない話をいつかした気がする。だからだろうか。
この男がいつも白菜をくれるのは。
「ほらよ、」
「あー、うん」
ばかみたいだ。白菜で、白菜なんかで、おれの気を引くつもりか?そんな中学生でもしないようなアピールで、25歳の男が釣られるとでも思っているのか。
「ありがとう」
でも、白菜はすきだし、家計も助かるし、まぁ、いっか。
「そうか」
それに、おまえのうれしそうな顔もきらいじゃないし。
−−−−−−−−−−−
「おまえ、酔うとめんどくせぇんだな」
目が覚めると裸だった。
ここまではいい。裸になるのは(戦闘で)慣れているし、ここまではよくあることだ。
「……は?」
目が覚めると布団の中にいた。
おかしい。おれの部屋の寝具はベッドだし、戦闘で裸になったとしても、返り血を流すためにシャワーを浴びるはずだ。
「おまえ、すっげぇしつこかったんだぜ。おぼえてねぇの?」
目が覚めると裸の男が隣にいた。
ぜったいにおかしい。こんなことがあるわけがない。たしかにおれは昨晩この男と記憶がなくなるまで飲んだが、こんなことがあるわけがない。
「……夢?」
「なわけねぇだろ、ほら、」
と、男が首を指さす。そこには赤い痕が桜の花びらのように無数に散っていた。
裸の二人。寝具の中。赤い痕。
答えは一つしかない。出したくない。でも、一つしかない。男となんて。でも、一つしかない。
おれはこの男と寝たのだ。
「嘘だろ……」
頭をかかえる。かかえたくもなる。酔って、勢いで、男と寝たのだ。頭をかかえたくもなる。
しかも、たぶん、おれが上だ。
「おまえさー…、」
それなのに、男は、なんでもないような顔でおれに話しかける。
気まずくはないのか。後悔はしていないのか。おれが憎くはないのか。
この男のどこか達観した雰囲気は、こんなときでも有効なのか。
「なんだよ」
「こんなに冷たいのにさ、」
男はそう言って、おれの腕に触れる。情事を身体がおぼえているのか、肌が、びくん、と震えた。
「……やってるときはすげぇ熱かった」
男の艶めいた笑みに、背筋に電流が走った。
−−−−−−−−−−−
「……66号、」
「ゾンビマン、だ。ジーナス博士」
「ゾンビマン、本気か?」
「本気だ、」
惚れ薬をおれによこせ!
「飲め」
なかば強奪したピンク色の小瓶をずいと男の手に押しつける。
「なんだよ、これ」
「いいから、飲め」
「こんなあやしいもん飲めるかよ」
そう言って、小瓶を返そうとする男の手を握って、目を合わせて、強く命令する。
「飲め」
でも、男は飄々と、いやだね、と笑って、小瓶を握り潰した。
「こんなもん飲まなくてもおれはおまえがすきだぜ?」
と、笑いながら、笑いながら、
−−−−−−−−−−−
たばこ、と男が言った。
タールとニコチンがありったけ含まれた煙が、部屋の中に充満している。
おれは肺をいじめることでむしゃくしゃした気分を晴らそうとしていた。
たばこはいい。頭がぼーっとして、なにも考えなくていい。酒みたいに翌朝、吐きたくもならない。
たばこはいい。肺に煙を飲みこんで、はぁ、と煙の混じったため息をつく。
たばこはいい。飲んで、吐いて。それだけに没頭できる。口も淋しくないし、暇も潰せる。
たばこはいい。ゆっくり身体を殺すこともできる。タールとニコチンで死なない身体を殺していこう。
たばこ、と男が言う。
おれはあわてて火を消そうとする。
悪い、たばこはきらいか。
男は、いいや、と首をふった。
おまえの部屋だ。すきにしろよ。
男の言葉に、それなら、とまた煙を吸いこんだ。
「たばこを吸ってるおまえってさ…、」
きれいだ。
もっと吸えよな。男が言う。
男。この煙はおれの身体を殺している。
それでも、おまえはおれに、たばこを吸え、と言うだろうな。
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同僚以上恋人未満