いつもいつまでも



「おはよう、新田、散歩しよう!」

リビングの壁にかかっているカレンダーを見て、おきぬけの靄のかかった頭のすみで思った。
散歩?なんで、わざわざ…、いや、それより、今日、

(おれの誕生日だ)

記念日や行事などに興味のない親の元で育ったおれは、『誕生日を祝ってもらう』という発想がなかった。
そういえば、零ちゃん、誕生日だったっけ。は11月29日の母親の常套句で、幼いおれはその言葉にいちいち傷ついて、いつからか、お母さん、おれ、今日、誕生日だよ。と言わなくなっていった。

「寒―い!」

寒いからいやだ。とごねるおれをむりやり連れてきたくせに、寒い寒いと騒ぐ南波に、後ろから、うるせぇよ。と文句を言う。でも、南波はうれしそうに笑いながら、新田、とおれの名まえを呼んで大きく手をふる。
全身もこもこに武装した南波は、なぜか手だけ素のままで冷気で真っ赤になっていた。

「手、」

南波の隣に立って、冷えた手を顎でさす。
と、南波は、あわててダッフルコートのポケットの中に手を隠した。

「なんで手袋してこなかったんだよ」

そう訊くと、南波は、あー、とか、うー、とか、うなったあと、

「……忘れただけ、」

ポツリ、小さく呟いた。
おれは、その言葉で、ああ、なにかあるな。と気づいたけど、深く追求することはしなかった。ただ、そうか、と返した。

(もうお互い大人なんだし、言いたいことはじぶんから言えるだろう。タイミングというものもあるし)

そう思ったからだ。
でも、南波は眉間に皺をよせて、いきなり、落ち葉をおれの顔に投げつけた。
そして、

「新田のばか…、」

なんで、そうか、で終わっちゃうんだよう。ばか、ばか、新田のばか。

南波は、ばかばか、と言いながら落ち葉を投げつづけて、どんどんおれから逃げていく。
おれはなにがおこったのかわからなくて、とにかく話をきこう、と逃げる南波を追いかけた。

「おい、やめろ、なにが、」
「こっちくんな!」

新田のばか、もうきらい!
涙目でそう叫んだ南波の手首を掴んで、顔を近づける。

「言わなきゃ、わかんないだろ」

そう目を合わせながらすごむと、南波は、あー、とか、うー、とか、うなりながら、悔しそうに、恥ずかしそうに、小さな小さな声で、

「……新田と手が繋ぎたかったんだよ」

でも、こんなこと、言えないから、わざと手袋、してこなかったのに……。
気づけよ、ばか。

顔を真っ赤にして、俯く南波に、言いたいことはたくさんあるはずだった。
なんだ、そんなことかよ。くだらな…、おい、あんた、まさか、そんなくだらないことで、散歩に行こう、って言ったんじゃないだろうな。

(ばかはおまえだろう!)

顔を真っ赤にして、俯く南波に、言いたいことはたくさんあるはずだった。
でも、そのいじらしさにすべてがどうでもよくなってしまって、愛しくて愛しくて、なにもかもゆるしてやるという気もちになって、南波の細い身体を衝動的に抱きしめた。

「そうか、ごめんな」

南波の耳元で、ごめんごめん、とくり返す。
はじめはおどろいて固まっていた南波の身体もじょじょに溶けて、そろそろとおれの袖に手を伸ばしながら、
うん。でも、

「でも、もっとすごいことしてもらったから、なんか、ぜんぶ、どうでもよくなっちゃった」

ふへ。
おれの腕の中で南波が笑って、もう、愛しくて愛しくて、背中に腕を回して、力いっぱい、ぎゅうぎゅう、南波をしめつけた。

「苦しいよー」

幸せで、胸の奥がほかほかして、愛しくて幸せだった。いつまでもこの時間がつづけばいい、と思った。
でも、いつまでも抱きあっているわけにはいかなくて、名残惜しく身体を離す。
それでも、やっぱり、名残惜しくて、手を握った。

(中学生でもあるまいし)

恥ずかしい恋愛をしているなぁ、と思った。たぶん、南波もそう思ってる。だって、繋いだ手がこんなに熱い。
でも、それでも、離したくなかった。帰りたくなかった。これも、たぶん、南波もそう思ってる。

「……なぁ、南波、おれさ、」

おれはうれしかったんだと思う。
こんなに愛しくてかわいらしい生きものが、おれの隣にいて、おれと同じ、幸せで、胸の奥がほかほかして、愛しくて幸せな気もちで、いつまでもこの時間がつづけばいい、と願っている。

「今日、誕生日」

だから、言うつもりはなかったのに、自然に口から零れ出た。
南波、おれ、今日、誕生日だよ。

「なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ!」

南波は、少し間をおいて、すぐに叫んだ。

「どうしよう。なんの準備もしてない。プレゼントも用意してない。ごちそうもない。冷蔵庫の中、空っぽだよ。部屋もぐちゃぐちゃだし、乾杯するワインもない、ああああああ、もう!」

ばか、新田、これじゃ祝えないだろ!

「いいよ」
「おれがよくないの!」

いいのに。いいんだ。いいんだよ。

左手の温もりを気づかれないように、ちらりと顔を盗み見た。赤くなった頬がかわいらしい。

(ああ、)

すきだな、と思った。心から。

「いいんだ」

(おまえがいたらそれだけでもう、)

できれば、このまま、いつもいつまでも。

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