ブライアン・Jはプレイボーイだ。

どのくらいプレイボーイかというと、NASAのじゃ知らない者はいないくらいのすんごいプレイボーイだ。(気に入ったヤツはとりあえず食っちゃおう!みたいな、ね)

そんなブライアンだけど、みんなから慕われていて、狂信的なファンさえいる。ブライアンのお気に入りはぜったいにいびられる、こわ〜いファンだ。(バックアップクルーに選ばれたりなんかしたら最悪だ!)

プレイボーイと関係ないって?そうか、う〜ん、じゃあ、説明しようか?

う〜ん、なんていうか、「一度でいいから相手をしてもらいたいわぁ」と女どもが目をハートにしてうっとり言う、そういう人気がある、だ。
そして、女だけじゃなく、男にも、狂信的なファンとか、まあ、いい身体してるからアチラにも、人気で、ブライアンも抵抗ないからぺろっと食っちゃうんだよなぁ。

…まぁ、おれもぺろっと食われた男の一人なんだけどね。

まぁ、だから、だからだ。「まさかそのブライアンがマジメなだけがとりえのような吾妻に…!」ってNASA中が大騒ぎしてるってわけさ!




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「溝口くん、もお、やめようよ、こんなこと、」
「なぜです?気もちよくないですか?」
「そんな、こと、言って、ハァ、るんじゃない、ッ、」
「真壁さんに奥さんがいらっしゃるからですか?お子さんがいらっしゃるからですか?」
「あっ、み、ぞぐちく、ン、」
「なんです?」
「ハァ、き、みって、質問、ン、ばかりで、」

卑怯だ。

そう上気した頬で、かすれた声で、真壁さんに言われて、ああ、ぼくはぼくは…!

覚醒して、額をおさえる。下肢の湿りにはいやというほど覚えがあった。




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おれって、最低だ。

「あっ、痛い?そりゃ痛いよね、こんなこと触られたことないもんね、でも、ちゃんとほぐしとかないと、あとでもっと痛くなるんだよ、ムッちゃんも痛いのいやでしょ?だから、だから、じっとしててね、すぐ終わるからね、すぐだからね、」

はじめは不審者かと思った。真夜中の公園でうずくまってバッタを食べてたら、だれだってそう思うだろ?
でも、その不審者の背中には大きな美しい羽が生えていた。天使だって思うだろ?だれだって、おれだって。

むりやり連れて帰った天使は、天使というより、鳥だったけれど。

「ごめんね、よく見えないよね、こわいよね、ムッちゃんは暗いとはっきり見えなくなるもんね、こわいよね、こんなことされて、ごめんね、ごめんね、」

拾った天使は、パンがすきで、水浴びがすきで、夜に目が見えにくくなる。
いわゆる鳥目というやつで、おれはそれを利用した。

ムッちゃんに、必死な顔なんて、見られたくないよ。

「最後だから、これっきりだから、夢だと思って、忘れて、忘れてね、やさしいおれだけを覚えていて、」

すきになった。すきになってた。

ムッちゃん、よく笑うよね、くしゃってなった顔がすきだよ、小さな口でパンを食べるよね、焦ってパンくずをポロポロこぼすきみがすきだよ、空を眺めていつも切なそうにしているよね、そうだね、おれたち、いつかはさよならしなくちゃいけないね。

すきだ。愛してる。だから、

忘れてほしい、こんな夜のことなんて。必死な顔すら見られたくない。話しかけることで気を紛らわしていたい。よかった、ムッちゃんがしゃべれなくて、おれって、最低だ。

ああ、でも、でも、

(忘れないで、覚えていて、おれのこと、忘れないで)

そう願いながら、腰を動かす。
痛いよね、ごめんね、ごめんね、と謝ることしかできない。

すきだよ。愛してる。
でも、言えない、そんなこと言えない。口にしてしまったら、忘れられなくなりそうで。

せめて、羽を撫でる指にやさしさを滲ませて、名まえを呼んで、奥で果てた。




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「なんでわざわざ誕生日にあんなことしたんだよ」

ムッちゃんがいきなりそう訊いてきて、おれはきょとんと首をかしげる。
あんなことってどんなこと?

「おれの19歳の誕生日の日!」

ムッちゃんは、信じらんねぇ、という顔をして声を荒らげた。でも、おれにはなんのことだかさっぱりで、ますます首の傾斜を急にする。

「だから!おまえがおれに……、キスした日だよ」

おれは、ああ!と叫んだ。あの日かぁ、あの、ムッちゃんにはじめてキスした日……、

「ははっ、あれねー…、」

ガキまるだしな独占欲を思い出して、かぁぁ、と顔が熱くなって、ごまかすように笑った。

「やっと思い出したか、ばか。で?なんであんなことしたんだよ」

まぁまぁまぁまぁ、ね?ムッちゃん、昔のことだし、もうよくない?と躾の悪い犬にするように、どーどー、おちつけ、のポーズをとる。
そんな恥ずかしいこと、言いたくない、ぜったいぜったい、ぜったいだ!

「…なんで、なんでわざわざ誕生日にあんなことしたんだよ」

でも、ムッちゃんは折れてくれそうにない。しかも、どんどん不機嫌になっている。
このままだと、もういい、とそっぽを向いたあと、3日は無視されるな、と経験からわかってるから、しかたなく口を開いた。

「だ…ッ、て、忘れないから、誕生日のことは、」

とくべつな日に、とくべつなことをしたら、忘れない、と、思っ、て…、だから、キスした…。

(……やばい、これ、想像してたより、恥ずかしい、かも、)

でも、だからって、なにも言わずにむりやりキスするとか、最低、だよな、あれから、ムッちゃんと気まずくなったし、まぁ、もう弟扱いされるの、耐えられなかったから、キスしたんだけど、でも、それでも、

(ムッちゃん、怒ってる、な、これは…、)

3日は無視されることを覚悟しながら、おそるおそるムッちゃんの顔を覗くと、真っ赤で、

「………ガキッ!」

安心した。

これは、キスしたら機嫌が直る、と経験からわかってるから、唇をやさしく包んだ。

(ごめんね、ムッちゃん、でも、よかった、セーフ!)




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「なんで吾妻おじさんは飛ぶおもちゃのことしか教えてくんねぇの?」

頬を膨らませた少年が言う。

もう飛べなくなったわたしとこれから飛べる少年の溝はとても深いけれど、どうかそれに気づかずにわたしのことを思い出にしてくれたら、

「おじさん?」
「…なんでもない」

なんでもない、なんでもないんだ。




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「だめだよだめだよぜったいだめだよおれが見てないとだめだよぜったいぜったい一人で出しちゃだめだよムッちゃんいいこだからわかるよね約束したもんね出すのは悪いことなんだからねわかるよねムッちゃん、だめだよ」

幼いころから毎晩のように植えられつづけた罪の意識は大人になった今もおれを縛る。

ああ、下腹部がもやもやする、出したいな…。
そういえば、最後に出したのはいつだったっけ、

「南波さんって、性欲あるんですか?」

エッ?
後輩のあけすけな質問に、素っ頓狂な声が出た。おどろき半分、焦りが半分。

「な、なんだよ、急に、」
「だって、南波さん、美人に弱いわりに、昨日キャバクラ行ったーとか、風俗のだれだれちゃんがいいぞーとか、そういう話、ぜんぜんしないじゃないですか」

あのこかわいーとか、そういう話はしますけど、いっつもそれで終わりじゃないですか。
だから、性欲ないのかなー、って思って。

「あ、の、な、ぁ、」

後輩のあけすけで悪質な質問にため息をついた。(焦りでドクドクしている心臓を宥めながら)

「もう大人なんだから、そういうことは言うなよ、ばか」
「えー、でも、」
「でもじゃない。おれだって、人並みにそういうのはあるよ。でも、あえて言わないだけだよ」
「そういうものですか」
「そういうものだよ」

ほんとはそういうものじゃないけど。という本音は喉の奥にしまう。
あえて言わないんじゃない。言えないんだ。おれだって人並みに性欲はある。あるけど、だめなんだよ。一人で出しちゃだめなんだよ。

それは悪いことだから。

「ンッ、ンン、ふう、はっ、………はぁ〜、」

また出せなかった。

いつもこうだ。おれは一人で射精ができない。それがわかっているのに飽きずに手のひらで刺激をして、落胆する。いつもこうだ。日々人がいなくなってから、いつも。

おれは幼いころから日々人に射精管理されてきた。

日々人がそれをおれにはじめたのはいつだっただろう。記憶がないくらい、過去のことだ。気づけばおれは日々人のゆるしがないと射精できなくなっていた。日々人の視線を感じながらでないと射精できない身体になっていた。

「日々人、日々人、お願い、」

管理下にいた幼いおれは、出したくなると、日々人に、射精させてください、と頭を下げて懇願していた。(『射精』がからむとき、日々人はおれの王になった)

「……ムッちゃん、がまんできなくなっちゃったの?」
「うん、うん、ごめんなさい、悪いことだって、わかってるけど、」
「それでも、がまんできなくなっちゃたんだ?」
「うん…」
「ムッちゃんは悪いねぇ」
「うん、うん、日々人、はやく、」
「まって、鍵かけるから、」
「はやく…ッ、」
「悪いこはしゃべっちゃだめ」

王には逆らえない。幼いおれは、はい、ごめんなさい、と震えた声で謝罪をしたあと、いつものように服をすべて脱いで、床に正座をした。
王座に座る王におれの悪行がよく見えるように。

「ムッちゃん出すのは悪いことなんだよだからおれがゆるしてあげないとだめなんだよおれが見ていなきゃだめなんだよ、わかる?わかってるなら返事して」

はい、はい、は…、ッ、い、
達する瞬間、日々人と目があった。やさしく微笑んでいた。まるで天使みたいだった。

(でも、今、日々人はいない)

あいつはおれをこんな身体にしたあとに、アメリカに行ってしまった。日々人がいないと、射精すらできない男のできそこないのおれを残して。

「出したい…ッ、」

出したい出したい出して気もちよくなりたい頭の中を空っぽにして真っ白にして快楽に浸りたい出したい出したい射精したい射精したいしたいしたいしたいしたい!

「ちくしょう!」

でも、だからといって、アメリカまで行って、日々人に会いに行って、わざわざ海を越えて、お願いです、一人じゃできないんです、見ていてください、射精させてください、と、言う、のか。

そうまでしなきゃ、おれは一人で射精することもできないのか。もう大人なのに?

どうしよう。こんな身体じゃセックスだってできやしない。すきになった女性を抱くことだって叶わない。いつまでたっても童貞だ。中年童貞まっしぐらだ。

「射精してー…、」

目を瞑る。ありったけの想像力を掻き集めて、爪で先端の一番弱いところを刺激をする。
でも、だめだ。集中すればするほど、幼い日々人の声が甦って、

「一人で出しちゃだめだよムッちゃんおれが見てないとだめだよ出すのは悪いことなんだからね」

ああ、幼いころから毎晩のように植えられつづけた罪の意識は大人になった今もおれを縛る。




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つきあう(一般的には男女、または同性同士)、ということは、二人の間にある境界線をじわじわ消していくようなものなのだ。

そう気がついたのは、そう認識したのは、いつだったか。

唇と唇が触れあったあの痺れるような熱から?はじめて男と寝たときのあの蕩けた感覚から?いつのまにか彼の母親の味に慣らされていたあの食卓から?同棲という手段で生活から変えられそうになったとき?

思い出せない。でも、おれは知っている。おれたちがなぜつがいになるのか。

二人の間にある境界線をじわじわ消して、消して、二人が合わさって、一つの生命体になるためだ。

おれたちは、あるいはキスであるいはセックスであるいは食事であるいは生活から一つの生命体になろうとする。
「すきだ」「愛してる」「結婚しよう」などの耳触りのいい言葉を加えて、騙し騙されながら、二人の間にある境界線を消す。

一つの生命体になろうとする。

(…………なりたくない)

おれは、二人が合わさって、一つの生命体になんてなりたくない。おれはおれだ。おれはおれのままに生きて死にたい。おれという自我を抱えたまま死にたい。一つの生命体になんてなりたくない。

ぜったいにいやだ。

「だめだよ。紫、おれにこれ以上、望んだら。望んでも、おれは叶えてやれないよ」

でも、おまえのことはすきだから。二人の間にある境界線が消える直前までは、二人が合わさる直前までは、隣にいてやりたい。

「ミヤッチ、そんないじわる言わないでよ。どうして?今までなんでもゆるしてくれたじゃないか」

でも、おれはおれのままに生きて死にたいから。おれはおれという自我を抱えたまま死にたいから。最後のラインは越えないよ。

「越えないよ」

紫、おれはおまえと合わさって、一つの生命体になる気はないよ。




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「南波…、ッ、おれ、おれ、おまえのこと…ッ、」

覆いかぶさろうとする肉の塊を突き飛ばして、転がるように走り出す。
気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い。

なにあれ。なめくじ?

高校一年生の夏。サッカー部の汗となにかの臭いが充満する部室で二歳上の先輩に襲われかけた。
思い出せないくらいささいなことで呼び出して、荒い呼吸のままおれの身体をロッカーに押しつけて、おれの首すじを舐めたあいつより、あいつがおもむろにとり出した赤黒い物体が、なによりおれは恐ろしかった。
大きくて、汚くて、生々しくて、脈打っていて、なめくじのような、まるで『性欲』を具現化したような、赤黒い物体が、なによりおれは恐ろしかった。

気もち悪い。はじめて見た。他人のあれが勃起してるとこ、はじめて見た。あんなふうになるんだ、あんな…、気もち悪い。気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い。

こわい。

「ひ、日々人、お願いだから、お願いだから、やめて、できない、むり、だか、ら、」

なんであの夏が今になってまた、また、弟によって再現されなくちゃいけないんだ。

「聞こえない。いいから、舐めてよ。ほーらー、」
「やめてやめてやめて、お願い…ッ、」

吐きそうだ。顔の前に揺れる赤黒い物体に吐き気がする。気もち悪い。頬を物体で叩かれて、死にたくなる。気もち悪い。

「チッ、いいから入れろって言ってんだよッ!」

むりやり口に入れられた。おれを恐怖で縛っていた、おれを苦しめつづけていた、赤黒い物体の味がわかる。大きくて、汚くて、生々しくて、脈打っていて、なめくじのような、まるで『性欲』を具現化したような、赤黒い物体の味が口の中いっぱいに広がる。吐きそうだ。死にたい。

「へったくそ、」

ニヤニヤと笑う弟の姿があの夏の肉の塊の姿と重なった。

気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い気もち悪い、気もち悪い。

おれは、恐怖で目を瞑るのと同じように、ぎゅう、と前歯を噛みしめた。

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