ジェノスはおれのことがすきらしい。

「ジェノスー、次、ふろー」
「うああっ、は、はい、先生!」

半月前、かしこまって正座をされて顔を赤らめて言われた『すきです』は、空気に滲んでいつまでもいつまでもおれたちを包んで離さなかった。
おれはそれを無視する術を年齢とともに身につけていたけれど、まだ若いジェノスはその空気にいちいち反応していた。

ばからしい。空気に好意を滲ませることしかできないくせに、いつまでも初心な中学生みたいな反応しやがって。おれはなぁ、ガキの戯れにいつまでもつきあってやれるほど暇じゃねぇんだよ。

「おまえってさ、つまり、おれに…、」

必死で目を逸らすジェノスに微笑む。おまえ、半裸のおれに興奮すんの?おれ、ホモじゃねぇんだけど。…おまえとちがって。

そうだ。おまえとちがって、おれはホモじゃない。それなのに、こんなことで、こんなガキの戯れに、いつまでもつきあってやれるほど暇じゃねぇんだよ。

柱にもたれかかって、直球で訊いてやる。

「つっこみたいの?それとも、つっこまれたいの?」

どっち?

「せんせい…、」

絶句、といった表情のジェノスにたたみかけるように質問する。
どっち?なぁなぁ、どっち?

「……たいです」

答えなくていいのに。くそまじめなこいつのことだ、答えるとは思っていたけど、でも、答えなくてもいいのに。

「つっこみたいです」

あーあ、めんどくせぇなぁ!

「フーン、あっそ、早くふろ入れよ」




−−−−−−−−−−−




死ぬってなーに?
痛いってなーに?
けがってなーに?
出血ってなーに?

ねぇねぇ、博士、教えてください。

生きてくってなーに?

「実験体サンプル66号、きみはそんなことは知らなくていいんだよ」

きみは死なない身体になったのだから。

「あのとき、殴ってでも教えさせるべきだったぜ」

熱いな、ちくしょう、とたこ焼きを頬ばりながら呟く。

「ん?なにか言ったか、66号」

おれをこんな身体にした張本人はたこ焼きをくるくると回しながら汗をかいている。
あのときは一雫の汗も、涙も、こぼしたことがなかったような男が、だ。

おいおい、これは夢か。

「まさかあのジーナス博士がたこ焼きを焼いてるとはな、って」
「ははっ、わたしもそう思うよ」

こいつはこんなにほがらかに微笑む男だったか。
あのとき、おれにとってのこいつは神のように悪魔のように君臨していて、逆らうことが罪のような、そんな存在だったのに、今は、今は、

「66号、おかわりいるか?」

まるで父親のように、

(博士、死ぬってなんですか)

今なら教えてもらえる気がしたけれど、微笑みを崩したくなくて、ああ、と言って、手を伸ばした。




−−−−−−−−−−−




「あたしをあんたみたいな作りものといっしょにしないで!」

そうやって、言葉のナイフで切りつけられても血が出なかったのは、おれが彼女の言うように『作りもの』だからだろうか。

(まるで子どもが泣くもんかと涙をがまんするみたいに、)

それとも、彼女の顔があまりにもつらそうだったからだろうか。




−−−−−−−−−−−




「やめたらどうだ。どうせ勝てないのだから、」

ひょんなことから繋がりができてしまったゲイ野郎(なぜか月に2・3回飲むようになってしまって、今夜もそうだった)にそう言われた。

「はぁぁ?」

ゲイ野郎にそれを言われたのは、いつものようにサイタマの話をしていたときだった。
つまり、(サイタマに戦いを挑むのを)やめたらどうだ。どうせ(サイタマには)勝てないのだから、ということか?…ふざけやがって!

「………おい、殺されたいのか」
「死にたくはない。でも、不毛だと考えたことはないのか?ソニックちゃんはあのハゲマントに傷をつけたことがあるのか?」

かすり傷ひとつもつけられない相手だぞ、不毛だろう、不毛だ…。

だんだんと小さくなっていく声で呟いたこいつの目には、今までおれが与えられたことのない感情がうずまいていた。

『心配』

心配なんてされたことがない。おれは強いし、身体も丈夫だ。心配なんてされたことがない。なぜなら、おれは強いからだ。
それなのに……、

「ば、っか!おれは音速のソニックだぞ?あんなハゲに負けるか!ほら!飲め!ほら!」

なんだ、これは、なんだ、

「ソニックちゃん、でも、おれは、」

なんだ、なんだ、はじめてだ、

「うるさい!大丈夫だと言っているだろう!」

むずむずする。




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おれにとってのヒーローはシルバーファングだった。

あんな弱そうなジジィが水が流れているようななめらかな動きで、(そんな動きで!)怪人を次々と倒していくのはワクワクした。ゾクゾクした。憧れた。あんなヒーローになりたかった。

だから、シルバーファングなら、おれのヒーローのシルバーファングなら、おれの中の化けものを、この激しい感情のうねりを、きっと倒してくれる、って、

(……信じてたのによ、)

変わり果てた姿の奥の奥の奥で小さく小さく小さく、思った。




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「腕がないのはどんな気分だ?」

そう訊いてくれたらいいのに。あなたがそう、訊いてくれさえしたら、わたしは言える。言うことができる。

「なんともありませんよ」

だから、

(あなたはなにも気に病まなくていい)

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