「ヒビト、おれ、もう15歳だよ」
寒いなぁ、早く帰ろう、とおれが言ったら、オリガがそう返してきた。おれ、もう15歳だよ。
おれは、だから?という顔をする。そんなの知ってるけど?という顔を。
「15歳だよ、ヒビト、おれ、」
「知ってるよ。だから?」
「ヒビトを抱けるよ」
抱けるよ。泣きそうな顔でオリガが言う。
ばか言うなよ、まだガキじゃないか。とふざけたように言ってあげられたら、よかった。同情なんてしてあげなければ、よかった。
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「南波さんってぼくのことよく見てますよね」
背筋が固まるあなたがかわいい。頬が緩んでしまいそうになりながら、背中から声をかける。
「よく目が合うなぁ、って思ってたんですよ。あっ、南波さんはすぐ逸らしますよね。あれ、けっこう傷つくん、」
「せりかくん、あの、」
南波さんがふりかえる。
目の下が赤い。照れてるのかな?とほくそ笑む。
「なんですか?」
「め、迷惑だったろ…、もう、やめるから、」
迷惑だなんてそんな!と南波さんを引きよせて囁く。
「逆です、うれしかったんです。おれも南波さんがすきでしたから」
南波さんの薄い身体がかわいい。
ああ、早く食べたい。
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「せりかくんはいっぱい食べるねぇ」
ほーへふふぁ?
ナポリタンを頬ばりながら、返事をする。南波さんの幼児を見守るような眼差しが憎らしい。
ねぇ、南波さん、おれを男として見てないでしょ?
ばかばかばーか。心の中で悪態をつく。
おれは南波さんのこと、男の人だ、って思ってますよ。はっきりばっちり、意識してるんですよ?
気づいてないでしょ。ばかばかばーか。
『いっぱい食べるきみがすき』
昔、そんなCMがあったけど、南波さんもそう思ってるのかな。おれのこと、子どもみたいでかわいいって思ってるのかな。
(………いやだな)
そうだ、明日から食べる量を減らそう!
だけど、火曜日のランチの決意は、次の日、ガラガラと崩れてしまった。
だって、だって、牛丼だなんて、いっぱい食べるしかないじゃないか!
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どうやらオリガは大人ぶりたくてしかたないようだ。
「ねぇ、ヒビトはさ、男と寝たことあんの?」
オリガはせいいっぱいのやらしい表情でおれに顔を近づける。15歳のガキにありがちな、虚勢のはった表情に、ついつい笑ってしまう。
ばからしい。いつもいつも、もの欲しそうな目で見つめてきて、稚拙な言葉でわかりやすく誘ってきたりして。
はっきり言って、めんどうだった。
「……ないんならさ、おれがヒビトを開発してやってもいいよ?」
「はっ、なにそれ。おまえ、おれと寝たいの?」
オリガはたじろいだ。またいつものように曖昧に濁らせるとでも思っていたんだろう。
そういうところがガキなんだよ、と心の中でため息をつく。
「ね、寝たいよ」
「ふぅーん。で、おまえはおれを開発できるんだ?」
「できるよ!」
あっそう。と興味なさげに呟いて、にやりと笑って言ってやる。
「おれの身体、もう開発されまくってんだけど、」
後ろの穴も、身体も、ぜーんぶ。
「それをさらによくできる?おれを抱いたおやじたちより、おまえみたいなガキが、おれの身体を開発できるんだ?」
ふぅーん。そりゃ、すげぇや。
にやにやしながらオリガの手を握る。ホテルにでも行こうか?と俯いた顔を覗きこんで、萎えた。
「…………あのさぁ、泣くくらいだったら、ばかなこと言うの、やめたら?」
そういうところがガキなんだよ、と汚い唾のように吐き捨てた。
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(ああ、そうなんだ、この人なんだ、意外!)
わたしは未来がみえるんです。
…と言うと、たいていの人が、嘲笑うか、引くか、安い好奇心で根掘り葉堀り質問するか、のどれかで、そして、その質問で一番多いのが恋愛関係のものだった。
「すみません。そういう類のことはわからないんです」
わたしはそれらの質問をすべてそう言って断ってきたけれど、嘘だ。ほんとうはみえる。おぼろげだけど、たしかにみえる。
諍いに巻きこまれるとめんどうだから、そう言っているだけだった。(それに、そういうことを訊いてくるのは女性ばかりで、よく言うだろう、女の喧嘩に男が入ると火傷するって)
だから、わたしはなるべく『そういう類のこと』をみないようにしている。が、みえてしまうことだってある。
それが今日だった。同期のせりかと昼食をとっているときだった。
わたしから向かって左側の、せりかの隣に、南波さんが幸せそうに座っているのがみえた。にこにこしながら、ねぇ、今日はなにが食べたい?とせりかに話しかけていた。
(ああ、そうなんだ、この人なんだ、意外!)
男性の左側にいる人(女性なら右側にいる人)は、その人の『運命の人』なのだ、とわたしは経験から知っていた。
だけど、せりかも南波さんの男性だし、なにより、そういう雰囲気を微塵も感じなかったから、おどろいた。
(意外、意外、意外だなぁ)
『そういう類のこと』がみえてしまったときでも、わたしは本人たちに教えない。
……どうしてかって?
諍いに巻きこまれるとめんどうだから、わざわざ火傷したくないから、もあるけれど、なにより、なにより、
(おもしろくないだろう?)
「ふぁ?アマンティ、なに笑って…、」
「ああ、せりか、なんでもない」
なんでもないんだよ、とぬるくなったコーヒーを啜った。
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「おれねぇ、子どものころ、ぜったいムックと結婚するんだ!って思ってたんだよ」
知ってた?と口角を上げる。マクドナルドの薄いハンバーガーをもったまま、ぽかん、と口を開けているムックの髪に白髪が交じっていて、過ぎ去ってしまった時間に想いを馳せた。
はじめて『ムック』って呼んでから、もう12年も経ったんだ。
感慨深ーい。なんて、難しい日本語を使ってみる。そういえば、しばらく日本に行ってないな、とぼんやり思った。
「ええ〜…、風ちゃん、おれ、男だよ?」
「知ってるよぉ。でも、ムック、かわいかったんだもん」
あっ、今もかわいいけどね?とつけたすのを忘れない。
おれみたいな子どもの言うことなんかに赤くなるとことか、すっごくかわいいよ。
「かわいいって!風ちゃん、」
「ちゃんはやだ。せめて風佳くんにして」
「……風佳くん、おれが今年いくつになったかわかってる?」
わかってるよ、44歳でしょ。32歳から12年経ったんだから、44歳。
と、生意気そうに言ってやる。それにつづけて、
「ねぇ、ムック、ちなみに、おれは今、15歳です。ふふっ、たし算くらい、すいすいできちゃうよ?」
あ〜あ、ムックって、いつまでおれを子どもあつかいすれば気がすむのかなぁ〜。
と、ばかにしたような声を出して、コーラをぐいと煽った。
ねぇ、ムック、これって厭味ですよ。わかってる?
「子どもあつかいなんてしてない!…っていうか、さっきからずっと気になってたんだけど、指でポテトをいじるのやめなさい」
ほらぁ、やっぱりわかってない。
ムックがにぶいってこと、いやってぐらいわかってるのに、期待するのはやめられないね。おれってばかなのかな?
子どもあつかいしたことない!って宣言したあと、すぐにママみたいこと言ってさ、それって矛盾してるんじゃない?
ばか。すきだよ。でも、そろそろ限界かも。
「…ムック、あのさぁ、」
フライドポテトの油と塩でベタベタの指で狐をつくる。そして、それをムックの顔に近づけて、
「あんまり子どもあつかいしてると、」
唇にキスをした。
「奪っちゃうよ?」
すぐに手をはなして、トレーをもって席を立つ。
やっばい、このままじゃ遅刻しちゃうよ、パパに怒られる!じゃあね、ムック!
固まっているムックの肩をポンとかるく叩いて、またね。
でも、おれ、知ってるんだ。
(ほぉら、やっぱり!)
ムックが別れたあと、しばらくたってから、おれのほうをふりかえること。ムックは気づかれてることに、気づいてないだろうけど!
ははっ、笑いながらふりかえってムックと目線をばっちり合わせながら、ムックとキスした狐にキスをする。
あわててコーヒーをこぼすムックはやっぱりかわいいね。
ほんとに、おれみたいな子どものやることなんかに赤くなるとことか、すっごくかわいいよ。
ほんとにほんとにほんとにほんとに、
「………奪っちゃおっかなぁ、」
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「新田くん」
「なんですか、北村さん」
「新田くんって南波さんのこと『お兄ちゃん』って呼んでるよね?」
「呼んで…、ますけど…、」
「ぼく、それ、ずっといいなぁって思ってて、」
「はぁ、」
「だから、ぼくのことも『お兄ちゃん』って呼んでくれない?」
「はぁ?」
「いや?」
「いやっていうか…、」
いやっていうか?と新田くんに顔を近づける。目を合わせる。新田くんがそういうことが苦手だって知ってて、わざとする。
ねぇ、わかる?避けられるのって悲しいんだよ?
「今さら…、恥ずかしいじゃないですか…」
でも、それ以上は近づかない。恥ずかしがる顔がかわいくても、キスしたくなっても、なんにもしない。
ぼくは新田くんの前では紳士でいたいんだ。
「恥ずかしいことなんてないよ。言ってよ、ほら、」
でも、新田くんがあんまりにもかわいいから、ちょっといじわるしたくなっちゃった。
「いや、あの、」
「なんで?新田くんはけちんぼだなぁ。ほらぁ、言ってよ、『お兄ちゃん』ってさ」
真剣な表情で見つめる、見つめる、見つめる。目を合わせる。息がかかりそうなくらい、近づいて、小さな声で、囁くように、
「………お願い、」
新田君は目尻を真っ赤にして、素直に言ってくれました。
「お、に、いちゃ、ん」
ああもう、かわいい!紳士でいるのも限界、ねぇ、新田くん、ぼく、きみに、キスしたくなっちゃったよ!
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男体化です。